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連作SES営業短編 第九話 新卒入社

春が来て新卒が数人入社した。貴重な新卒カードをドブに捨てた馬鹿なガキ共。
今は研修という名の待機期間を過ごしている。
その中の一人の履歴書に目が留まった。学習支援サービスのスキルチェックでSランクをとってる。
SES営業は奪い合いだ。他の営業に捕まる前に俺が決める。落ちている金を拾わない馬鹿はいない。

そいつは就活を早く終わらせたくて、一番最初に内定を出したうちに入社を決めたと言った。
ITエンジニアの仕事なら何でもよかったらしい。正直な奴。
底辺SESならITに関係ない仕事に派遣される可能性だってある。あんたが就活生なら真似しない方が良い。
ただ、こいつはラッキーだった。
先輩とバーターで入れられる開発案件をたまたま俺が持っていたから。

ゴールデンウイークが明けて月曜朝8時30分。品川シーサイドの改札前で待ち合わせた。
ぎこちないスーツ姿の新卒と妙にぶかぶかの先輩。
先輩に定期的な状況報告を頼んで引率の上位営業に引き渡す。
地上に出てカフェを探した。俺の始業時間は朝10時。とりあえず煙草を吸いたい。

3ヶ月が経った。そいつは開発業務自体にはすんなり慣れたそうだ。先輩からの報告。
コードもしっかり書けてるらしいし、遅延もない。
ただ、と奴は口を濁した。
どうした、懸念があるなら教えてくれ。
「なんか生意気と言うか周りを見下してると言うか。素直じゃないんですよね」

新人エンジニアにとって素直さは重要なファクターだという。
なんでかは知らないしどうでもいい。俺は素直じゃないからな。
とはいえ新卒には釘を刺しておく必要があるだろう。
業務終わりの18時。入場の日に見つけておいたカフェに呼び出した。
謙虚さ素直さの重要性をそれっぽく話すことは出来たと思う。
ただ奴に響いた感覚は全くなかった。

それから程なくして新卒はとんだ。
辞めるのは構わないし連絡さえつけば怒ったりしない。無理に引き留めたりもしない。
だからせめて入館証は返してからにしてくれ。営業からの切実なお願い。客先常駐してる奴は覚えといてくれ。
俺は奴の家へ向かった。

昼間は小春日和だったが陽が落ちてからは冷え込んでいた。
22時新小岩。奴の家の前で張り込んでいたが、諦めて帰ろうと思ったところでそいつは姿を現した。
俺の顔を見つけると奴は声を上げて泣いた。
先輩からひどいパワハラを受けていてもう耐えられません。
俺が先輩から聞いていた報告とは話が違っていた。

簡単に裏は取れた。先輩を問いただすとすぐに口を割った。
後輩を任されて意気込んだが、自分より優れているのがすぐにわかった。次第に疎ましくなって嫌がらせじみたことをした。反省している。
こいつがやったことはどうしようもない。けれどこいつにはまだ現場に席が残っている。継続して俺の利ざやに貢献してもらう。
新卒の方は同じ現場はもう無理だろう。
携帯を抜いた。掛けたのは元同僚の美人営業。

優秀な元同僚のおかげで新卒の次の案件はすぐに決まった。
何かあった時に現場を移動することで人間関係をリセット出来る。それをSESの良い部分だとは思わないが今回は助けられた。
先輩は今も同じ現場で働いている。嫌がらせの噂が広まって居心地は悪いらしいが。
新卒は新しい現場で成長中。最近は設計を任されているらしい。
どちらも俺にマージンを落としてくれている。今はそれでいい。


おまけの用語解説
新卒カード:

採用市場において新卒信仰は根強い。
会社側は優秀な人材を確保したいから学歴なんかのブランドで、まずは足切りしたりもする。ガクチカだの面接対策だのはその後の話。
中途市場においてのブランドは職歴だ。ブランドが強ければ次に獲得出来るブランドも強くなるし、当然逆もある。
だからあんたが学生だったら新卒カードはよく考えて切るべきだ。
発信者は皆、自分に有利になるようなポジショントークをしている。親世代とは時代も環境も違う。あんたの正解と周囲の友達の正解もきっと違う。
自分で情報を集めて、自分で考えて、自分で判断しろ。
俺は社会人としての一歩目を間違えて転落していった奴らを大量に見た。今も見続けてる。

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