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連作SES営業短編 第五話 経歴偽装

俺たちみたいな底辺の業界でも、やっちゃいけないことはある。
今回はその禁忌に触れた馬鹿の話。

SESの営業にとってリスト作りは重要だ。それは他社にとっても同じで、だからこの業界のアポイントはあまり断られない。
久しぶりに新規開拓をするべく電話を掛けた。

向こうの営業担当者は面倒臭そうに言う。
「おたく評判悪いよ」
ばれてる。早めに撤退した方が良さそうだ。
「職歴偽装してるって噂もあるし」
それはしてない。うちでは御法度だ。
打ち合わせは断られた。釈然としないものが残る。

翌日。昼飯に会社を出た所で携帯が鳴った。優秀な元後輩から。
うちのフォーマットのスキルシートが回ってきた。
「こんな出来る人いるんなら紹介して下さいよ」
イニシャルと年齢、最寄駅はわかるが直近の現場には心当たりがない。
俺の担当じゃないから詳しくは知らないが確かテスト専門の現場だったはずだ。詳細設計なんかやってる訳がない。
そいつは危険だから触るなと告げて彼女との通話を切った。

その日の業後。喫煙所にひとりでいる時に声を掛けられた。あのスキルシートの本人。
そいつは周りに誰もいないことを確かめてから相談があると言った。ちょうど良かった。こっちも話がある。

その営業は担当してる女性エンジニアに手を出しまくってるって噂のチャラ男で。
元々いけ好かねぇとは思っていたし、後輩を退職に追いやるきっかけになった奴でもある。
奴は案の定、自分の担当に経歴偽装をさせていた。

エンジニアを帰らせチャラ男を喫煙所に呼び出した。
最初はしらばっくれたが証拠を突きつけると開き直る。
開発やりたい奴に機会を提供してるだけだ。経験を積めて皆感謝してる。何が悪い。
それが奴の言い分だった。

チャラ男はまだ何か喋っていたが俺は無視して奴を殴った。
別に俺はいい人じゃない。
むかついたから殴った。何度も殴った。泣くまで殴った。

チャラ男は社長に泣きつき、俺たちは個室ブースにいた。職員室に呼び出された気分。
奴は経緯を説明して不当な暴力を受けたと訴えた。相手が馬鹿だと話が早くて助かる。
社長はその場でチャラ男に解雇を予告した。

数ヶ月後。面談の待ち合わせ場所でチャラ男とかち合った。一丁前にこっちを睨んでやがる。
奴はエンジニアを別の営業に引き渡し、俺を睨みながら消えていった。
エンジニアは更にもう一回別の営業に渡った。商流が深い。

その案件は二次請チームでの欠員補充で詳細設計以降の経験が求められる。
俺は二次請の営業に伝えた。
多分経歴偽装が混ざってる。直近の現場の技術的な所を掘り下げてくれ。

面談に俺は同席していない。
その日の夕方、うちの社員にオファーが出た。ざまぁ。
聞いた話では、経歴を突っ込まれた奴のエンジニアからは泣きが入ったそうだ。
経験3年は嘘で僕は25歳じゃない。新卒の22歳で現場経験もない。僕には出来ません。

チャラ男の所属会社はブローカーを2社噛ませていて社名すら分からなかった。
職歴偽装は横行し続けている。
次に会ったら絶対泣かす。とは一応決めている。


おまけの用語解説
経歴偽装:
SES業界の多重下請け構造を利用した究極の裏技。
まず、ど素人を経験者だと偽ってブローカー経由で営業します。
面談対策は入念に行います。こう来たらこう返す、を徹底的に叩き込みます。
なので表面上コミュニケーション良好に見えるケースが多いです。
プロジェクト参画さえしてしまえばミッションコンプリートです。
複数の会社を噛ませることにより受入側からは所属が確認できない為、やらかしてOK。損害や遅延は上位が負担してくれます。
【ちゃんとやって成果を出して信用を得る】っていう真っ当な社会人なら当然考える事にインセンティブが発生しないので、信用という概念は無視してOKです。それでも売上は入ります。
いい加減、行政介入してくんねえかな。

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