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骨が折れた。4

悲劇というのは続くものと定めが決まっているのだろうか。

風呂に入れるスタイルを確立して間もなく、またしても壁にぶち当たった。
骨が折れた原因はリフォーム工事中で床板が外されていたベランダに無理矢理洗濯物を干した為だったが、そのリフォーム工事には風呂場も含まれていた。

当初の予定では工事期間は近くのスーパー銭湯へ行こうと計画し、回数券まで買っていた。
風呂場をまるごと交換するので一週間近くかかるという話だったから、回数券を買った方がお得なのだ。
スーパー銭湯には食事処もあるのでついでにご飯も食べて帰って来よう。楽できちゃうぞ…などと考えていたバチが当たったのだろうか。


防水シャワーカバーつけとっちゃ銭湯に入れんがね(唐突に名古屋弁)


自分で装着も脱着も出来ないのだ。工事中は風呂を諦めるしかあるまい。
スーパー銭湯にはクマだけを送り込もう。
よかった冬で。よかったよ!

だが、それにしても一週間風呂なしは辛いなと思っていたら、三日経てば風呂は使えるようになるという朗報を聞いた。(脱衣所とか洗面所とかのリフォームもあったので工期が一週間と表示されていたらしい)

三日を耐え忍び、使用可となってからは床も壁も剥がされた状態の脱衣所にこそこそバスマットを置いてシャワーだけ使わせて貰った。
新しい風呂を悠々満喫する予定だったのに。
手には防水シャワーカバーが装着されているなんて、誰が想像しただろうか。
片手で風呂掃除をするはめになるなんて!


右利きの私が左手で使えなかったものは多々あるが、包丁もその一つだ。

右手が折れても料理しようとしたのかって?
もちろんさ。
六週間外食なんて、私の胃が壊れて、クマの体重が三桁になっちまう。


というわけで、ひとまず冷蔵庫に残っていた野菜をなんとかしようと思い、ねぎを取り出し、まな板の上に置いて、包丁を持ってみた。
すぐに問題点が発覚した。
左手が覚束ないのはもちろんだが、包丁で切るには対象物を押さえなくてはいけないのだ。それが出来ない。
指先までギプスで覆われているし、肘曲げたままだから押さえようがない。


これ、もしも半身不随とかになったらどうするのかなと思って検索してみたら(なんでもググる)まな板に釘みたいなのを取り付けてそれにぶっさして固定する…というやり方があるようだった。
ほほう。
ワタクシ祖母は脳梗塞、母は脳出血というデンジャラスな遺伝子を持っておりますので将来に向けて勉強ですわ。


押さえないままで切ってみるとぶつ切りには出来るが、薄く切ることは無理そうだ。
何より危険。違う惨事が起きそうだからやめた方がいいとクマにも言われたので、残っている野菜はクマに切ってもらい、その後はカット野菜を頼ることにした。
メニューは鍋一択。
鍋に水を入れて、鍋の素入れて、カット野菜と肉を放り込んで煮込むと鍋になるのだ。
冬でよかった!

その後片手料理の腕は着実に上がり色んなものを拵えるようになった。
何より毎日鍋というのに自分が耐えられなかった…





冬でよかったと思ったことは多々あった。

汗を余りかかないのでギプスの中がかゆくならない。夏場だと蒸れてかゆくなり、棒みたいなのを突っ込んで掻いてしまい、皮膚病コースというのがあるらしい。それは悲しい。
運動不足解消に散歩も出来た。お供はピクミンだ。夏だったら完全に引きこもっていただろう。

そして、当然ながらに問題は仕事にも及んだ。

ギプスが外れるまで六週間かかると聞いた時、私の脳裏に真っ先に浮かんだのは「はい、冬コミ消えたー」という大変オタクらしい文字列だった。

順調にいってもギプスが外れるのはクリスマス直前。
ギプスを外してすぐに元通りというわけにはいかない。長期間固定するのでリハビリが必要だという話だったし、何より、自分で無理だと判断がついた。

初めての骨折が治ったばかりで重い段ボール箱を持つなんて絶対無理。
更にコロナ禍での開催で、他のリスクも多々ある。

コロナ禍が始まったから初めて開催されることになったコミケだったから、何とか出席したいと思っていたが、諦めざるを得ないと断腸の思いでの決断だった。

それでも既に用意を始めていた本だけは通販先行で出しておこうと考え、パソコンに向かってみたが、左手だけじゃどうにもならない。
文字は打ち込めるんだけど、果てしなく遅い。
イライラする。無理。
ほら、せっかちだから。

何か方法はないかと考え、閃いたのが音声入力だ。

これだけテクノロジーが発達してるのだ。私の知らないところでその分野も発展を遂げているのではないか。
そんな期待を込めて音声入力について調べ、実践してみた。

色々な方法があると思うのだが、やってみた中で一番相性が良かったのは、スマホの音声入力だ。
Googleのドキュメントで音声入力を使って文章を作成し、パソコンで修正していくという作業が一番効率がよかった(当社比)。

それで何とか作業途中だった同人誌用原稿を終わらせ、左手マウス作業(気が遠くなったわ!)で印刷所への入稿データを作り、細かいところは印刷所のお姉さんの親切心に頼り、無事に終わらせた。

そして、もう一つ。
ろくに働いてもいない癖にちょうど確認しなくてはいけないゲラがあった。

ゲラというのは商業誌の校正原稿なのだが、内容をチェックして変更事項などを赤字で書き込まなくてはならない。

右手を塞がれたワタクシ。
左手で字が書けるのか?

やってみた。

試しにひらがなをあいうえおで書き始めて、「あ」の時点で確定した。

無理!

どうしたものかと困ったが、最悪な事態でも救いはあるもので、偶々PDFでもゲラをくれる版元だったので、恥を忍んで担当編集に事情を打ち明けるとPDFでのチェックを快諾してくれた。
ていうか、PDFへ全面移行の最中で、ちょうど頼もうと思っていたと言ってくれて二重に助けられた気分になった。
ありがとうありがとう!
手書きゲラの版元さんだったら大迷惑をかけていただろう。

左手でなんとか作業を終え、後は完治後になんとかしようと仕事は諦めた。
私はお話を書く前にノートにあれこれ書き付けるのだが、右手で文字を書くという動作が思考に直結しているのだと思い知った。
右手からアウトプットしないとどうにも考えが定着しない。

それでも長年の習慣で文章を書かないと落ち着かないので、久々に二次創作を書いて一人でにまにましていた。

もはや病…!(怖い)


そうしている内に月日は流れ、季節も進む。
気温が下がる。

裏ボアリラックマスウェットは暖かいのだが、その下が半袖なのが寒い。
右手はいいのだ。ギプスを肘の上までしているから全く寒くない。
問題は左手だ。
半袖の下部分…二の腕半分と肘から先が寒い。

そんなくらい我慢しろって?
いや。中年女性には重大な問題なのだ。
ああ。この皮膚の上を冬の第二の皮膚…ヒートテックが覆ってくれたなら…。
あのうっすい一枚だけでも全然違うはずなのに。

寒さに耐えながらヒートテックを恋しがっていた私ははっと閃いた。

半袖ならギプスを通せるのは立証済みだ。
ということは、右側が半袖、左側が長袖のヒートテックがあればなんとかなるんじゃないか。
そんな代物は当然売ってないが、私は知っている。
切ればいいのだ。

リラックマでも分かったのだが、最近の布地ってよく出来ていて(そうでないのもあるかもしれないのだが)切ってもほぼほつれて来ない。
リラックマの袖口を切った際、洗濯してほつれて来るようなら縫わなきゃいけないかなと心配したのだが、ほぼ無問題だった。

ということ、きっとヒートテックもいける。

私は手持ちのヒートテックを並べ、その中から年季が入ったものを二枚選んだ。
お前らには先遣隊として戦地へ赴いて貰おう。

リラックマの袖口を切った時と同じく、鋏がうまく使えないのに苛つきながらもジャキンと右腕の袖を三分の二ほど切り、試着。

成功!
成功だ!
左手寒くない!(感涙)

ぬくぬくだとほくそ笑んでいたのもつかの間。
今度はリラックマとダウンベストだけでは寒くなって来た。
コートが着たい。

しかし、どれもこれも右手が通らないし、なんとかなりそうなものはおしゃれ着過ぎる。
ギプス生活で行くところと言えば、歩いて行けるところにあるスーパー薬局コンビニくらいだ。おしゃれ必要なし。

普段着としての防寒…と考えてはっとした。

そういえば…去年のアレが生かせるのではないか?

アレとは…無印のセールで買った微妙な黒い中綿のコートである。

何が微妙って、無印ユーザーの皆さんはご存じかと思うのだが、去年辺りから無印のサイズが変わり、S-M、M-Lみたいなアバウトな感じになったのだ。

これ、Mサイズの人間を試してると思うんですよ。
どっちよりのMなんだ、お前は?みたいな。

ワタクシとしましては年齢もありまして、体重に変動はないものの、体型はどよんとしてきておりますので、M-Lだろうなと考えまして、セール品であったこともあり、試着せずに購入したんでございます(度胸あるなって?ああ。よく言われるよ)。

それが…家に帰って着てみたらデカい。明らかにぶかぶかというほどではないが、かなりゆったりしている。
どうにもシルエットが野暮ったく、これは失敗だったと涙し、クローゼットの奥深くへ隠蔽していたことを思い出したのだ。

引っ張り出したコートを着てみると右手は通せなくても、前のスナップボタンをはめてしまえばなんとなく着られるし、寒くない。
そして、このコート。
ギプスが第二形態になると、ギプスごと袖を通すことが出来たのだ。
よって、ギプスが外れたクリスマス前まで毎日毎日このコートにお世話になることとなった。

失敗したと泣いた過去の私。
役に立ったよ!

続く。

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