挑戦し続ける
このnoteでも書いたけど、
2019年12月から減量して目指していた東京オープンボディビル選手権大会が3/28に中止が決まった。
ボディビルってかっこいいなって感じさせてくれた大会で、
その夢の舞台に初挑戦しようとしていたわけだから、とても悔しかった。
でも、
中止を聞いてから10分ほどで、
8/2に開催予定の東京クラス別ボディビル選手権大会という、
更にレベルの高い大会への出場を決意しいつも通りスクワットを始めた。
なぜ自分がさらなる挑戦をするのか。
挑戦を決意するまでの葛藤。
そして、その経験から何を学びエンジニアとして成長したいのかの話をしたいと思う。
ボディビルに憧れたきっかけ
ぼくは、ほんの少し前まで、自分がボディビルに出るなんて有り得ないと思っていた。
筋トレは好きだったけど、ほかの人より少しだけ筋肉があるかも。程度だったからだ。
ボディビルとは、究極の肉体を持った人が極限まで絞り込む競技だと思っていて、自分にはまだまだ早いと思っていた。
変化があったのは、2019年5月、筋トレ好きの友人数名と東京オープンボディビル選手権大会を観戦したときだ。
初めてのボディビル観戦だ。
極限状態まで追い込んだマッチョたちがズラッと並び、次々にポージングをとる。
圧巻だった。
世の中にこんなにもマッチョがいるのかと。
そして1分間のフリーポーズ。
決勝進出者は1分間曲に合わせて様々なポージングをとるのだが、
大きな舞台に立つのはビルパンをまとったマッチョ1人だけ。
(動画は50才以上級優勝のAsyabani Jafar選手のフリーポーズです)
己の鍛え上げた肉体のみで、曲を表現する。
鳥肌がたった。
自分もやりたい。こうなりたい。
と思った。
インターネットの普及で誰でもどんなことでも発信でき、
得体のしれない人が情報商材で儲けている世の中。
嘘偽りのない、日々の鍛錬で得た己の肉体のみを披露するボディビル。
その裏にはどんな努力があるんだろうか?
それは計り知れなく、生物としてのかっこよさがそこにはあった。
このときから
いつかこの舞台に出てみたい。
という想いを抱いた。
そして、
2019年6月末に
ボディビルで有名なジム、トレーニングセンターサンプレイに入会した。
東京オープン出場を決意するまでの葛藤
サンプレイに入会し、時期はコンテストシーズン。
たくさんの会員さんが大会に向けてトレーニングしていた。
また、同じく東京オープンを観戦しボディビルに憧れ、同時にサンプレイに入会した友人もまた、大会に向けてトレーニングしていた。
それでもぼくは、憧れのままでいた。
いつか出たいな。そんな気持ちでトレーニングを続けていた。
そして時は過ぎ、2019年12月。
東京オープンに出場するならそろそろ減量を始めないといけない時期だ。
ぼくは選択に迫られていた。
ただ不安があった。
ぼくの筋肉量ではまだボディビルは早い。
ジムの他の会員さんよりも圧倒的に小さい。
同時に入会した友人もぼくより何年も長くトレーニングしていて、すごい筋肉量をもっている。
いま減量してもガリガリになるだけで、笑いものになるだけだ。
そう思っていた。
ぼくはエンジニアだから知っている。
始めから完璧なものをリリースすることはできないと。
それではリリースがいつになるのかわからないことを。
まずはミニマムでリリースしてユーザーに届ける。
そして改善をつづける。
つまり、
目指す身体になったらボディビルに出場する。
では、出場がいつになるかわからない。
まず出場して改善を続ける。
その方がよっぽどいいプロダクト(筋肉)を作れる。
出場するメリットしかないのは分かってるけど、不安だ。
たくさん悩み、
悩み続け、
悩むのをやめた。
悩む時間をもったいなく感じた。
友人やジムの会員さんたちと同様に、
「大会を目指す人」になって、
同じ方向に向かって頑張るほうが絶対楽しいと思ったからだ。
楽しいならやる。
そう決めると、急に心が楽になった気がした。
いつか出たい夢の舞台。
から、
自分が出る大会。
に変わったのが、ぼくの始めの挑戦だ。
東京オープンに出ると決めてから
挑戦を決意してからは、明らかに意識が変わった。
トレーニングの質があがり、減量もどんどん進んだ。
ジムの人たちが、
「身体が変わってきたね!」
「絞れてきたね!」
と言ってくれるのが嬉しく、楽しかった。
そして2020年3月から始まったポージング練習。
ボディビルには、
4つのリラックスポーズから構成されるクォーターターンと、
7つの規定ポーズがある。
これらをサンプレイでは3月から、
週3回、1回1時間の無料レッスンを開催してくれている。
ポージング練習を始めてからは意識やトレーニングの質が劇的に向上し、
自分の身体がみるみる変わっていくのがわかった。
そしてあと1ヶ月と少し。
初めての減量も上手くいき、あと1,2絞り。
日焼けも週4回ほどして、
ポージングも上達してきていた。
身体が日に日に変わり、それに合わせて日に日にギアが上がっていく。
数ヶ月前まではこんな自分が出たら笑いものになる。
とすら思っていたのに、
上位入賞できるんじゃないか?
上位入賞目指す。
と考えるようになっていた。
中止が決まったのはそんなときだった。
東京オープン中止を受けて
コンディションが良く、ギアもどんどん上がってきていたので、
中止を聞いたときはショックだった。
いままで頑張ってきた目標が、急になくなった気がした。
でも、
始めに抱いた感情は、
「もっと続けたかったなぁ。」
だった。
日々全力でトレーニングし、
トレーニングの質が落ちないかつ減量ができるよう栄養を考えた管理された食事をし、
しっかり休息をとり、
ポージングを練習する。
まさにボディビルダーの生活が楽しかったのだ。
これに加え、減量が進んでも本業のエンジニアの仕事にも悪い影響がでることはなく、むしろ前よりも技術習得や成果に貪欲になっていた。
ぼくは、目標の東京オープンのために、
苦しく嫌なことをしていたわけではない。
いつの間にかボディビルダーになっていて、
とても充実した日々を送っていた。
それに気付くと、次にすることはすぐに決まった。
さらなる挑戦へ
ぼくは、8/2にある東京クラス別ボディビル選手権大会への出場を決めた。
まだボディビルを続けるために。
この大会は東京オープンよりも更にレベルの高い大会だ。
東京オープンはボディビルの登竜門的な大会で、ボディビルに初出場の選手も多い。(他の地方大会よりはレベルがかなり高いらしいが)
だが、東京クラス別は、歴戦の猛者たちが集まっている印象だ。
でもそれが今回は、不安要素になることはなかった。
去年の12月に不安を抱えながらも東京オープン出場を決意し、
そのあとどんどん自分が変わって楽しかった経験があったからだ。
むしろ、
ジムにいる歴戦の猛者たちと同じステージを目指して鍛錬し、戦える。
それは、
どれだけ楽しく、
どれだけ自分を成長させてくれるんだろう?
また、大会までは4ヶ月もある。
前章で述べた通り
苦しい減量をあと4ヶ月続けるという思考にはならない。
楽しいボディビルダーの生活をあと4ヶ月も続けられるのだ。
ポージング練習を始めて1ヶ月も経ってないのに、
ここまで身体が変わった。
あと4ヶ月あれば、どれだけ変われるんだろう?
エンジニアとしての自分
難しいことに挑戦することがこんなにワクワクするのは、
ぼくがエンジニアだからかもしれない。
今の自分には難しい技術を使ったプロジェクトが昨年12月から始まり、
自分がどんどん成長して順調に進んでいた。
だが、リリース1ヶ月前にプロジェクト中止が決まった。
でも目の前には、
さらに難しい技術を使ったプロジェクトがありリリースは4ヶ月後だ。
一緒にリリースに向けて奮闘する、つよつよエンジニアが周りにたくさんいる。
エンジニアならこんな状況、
わくわくして飛び込む人が多いんじゃないだろうか?
いまのぼくのボディビルの状況はまさしくこれだ。
わくわくして仕方がない。
少し疑問に思った。
エンジニアとしては、ボディビルほど挑戦ができているのだろうか?
日々の業務に奮闘し、
必要な足りない情報をキャッチアップし続ける。
成長は感じ、楽しんでもいるが、
ボディビルのような挑戦はないのかもしれない。
ボディビルほどわかりやすい大きな挑戦はまだ思いつかない。
小さな挑戦。
まずは、
自社のサービスでやりたいことがあるのに、
出来る人がいなかったりいるけどリソース的にできないこと。
それを自分がキャッチアップして、やってみて、出来るのでやらせてくださいと提案してみる。
こんなことから始めてみようかと思う。
ボディビルダーとしてもエンジニアとしても
どんどん難しいことに挑戦し続けていきたい。