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ドラゴンのしっぽに乗りたかった夜

その日私は丸めた靴下をぶん投げていた。

投げた靴下を取りに行き、定位置に戻って投げ、また取りに行く。家中を行ったり来たりして、山なりの穏やかな送球から速球ドストレート、不恰好なウィンドミルもどきまで一通りの投法を巡った。
靴下は玄関のドアに当たり、小物干しの上に乗っかり、扉と壁の間に挟まり、テレビ台の収納部分に当たって戸を開いたりもした。

家の至る所にひと通り靴下を当て終わると、私はラジオを聴き始めた。Aマッソの加納さんとヒコロヒーさんのYouTube配信ラジオ。
なんだかよく分からないけどグッと来て、全部の臓器が熱くなった。

私はそのままAマッソのラジオを聴いた。過去放送のアーカイブ。

また体が熱くなる。ギュンギュンしてキュリキュリする。ギュンギュンギュン、キュリキュリキュリキュリキュリ、、、、

気付いた時には、私は百均で買った黒ボディバッグを掴み、ナイキの黒スニーカーに前のめりで足を突っ込み、マンションの外階段を9階からダッシュで駆け下りていた。 
濃紺の空を風が吹き抜けていく。

裏口から飛び出し、スマホとイヤホンとボディバッグを丸ごとぐちゃっと握りしめて県道に駆け出す。ナイキが喜びジャンプ力の目盛りをグイッと上げる。

ふと我に返り、イヤホンを装着してGlim Spankyのプレイリストを再生するが、私のテンションがおかしすぎて歌詞が入ってこない。ただただレミさんの声が聴こえ、グリムの世界が入ってくるのみである。
同時にAマッソとヒコロヒーの真っ直ぐな声と顔で心が埋め尽くされる。

そこで私はなぜか、就活のために履歴書の写真を撮らなきゃいけないことを思い出した。たぶん同級生は1年前にやっているであろうタスク。
意味もなく就活に抗い、特に行き先があるわけでもない私はただの迷子で、正当化できることなど一つもない。ただの一つもないのだが、AマッソとヒコロヒーとGlim Spankyに胸を鷲掴みにされた私は、ぼんやりした顔で証明写真用のメイクをしている場合などではないと思った。
やたら強い気持ちで心に鎧を固める。何をしてるんだか!!!!

近所の県立公園に着き、夜の森の中に入っていく。深い暗闇、木がザワザワザワ、、、、、

Glim spankyのロックが鳴り心に地響きが起こる。Aマッソとヒコロヒーの痛快な言葉を思い出し胸がドキドキする。
この無敵モードが解けて公園の闇が怖くなる前に、私はどうにか賑やかな街へ行かなきゃと思った。

決めた。今日は帰らない。今日は家に帰らないでどこか遠くに行く。そうしよう。家に帰ったら、この爆発的で本能的で魔法みたいな感情がプツっと終わってしまう気がした。

しかし決めたはいいが持ち物が酷かった。いつもの、ちょっとランニングでもしてこよかなの感覚で、着の身着のまま飛び出してきたのだ。スマホとイヤホンとちーちゃいハンカチとボディバッグしかない。

寝る準備ってなんですか?お風呂?歯磨き?コンタクト外す?どれも出来そうになかった。
財布もないし、スマホの充電も50を切ってるし、ほんとは夜行バスにでも乗り込みたかったけど時間的にも微妙だった。
はて。どうしよう。カプセルホテル?カラオケ?満喫?家から15分の距離で、私は寝床探しの旅をはじめた。

手始めにセブンで抹茶モチモチドーナツとエメラルドグリーンの歯ブラシセットを購入。甘いもの食べたいけど歯は大切にしたいんだ。何よりも大事。
つーかここから15分戻れば家に歯ブラシあるんだけどな。私はこんな近所で何をしているんだろう。家出にしては年齢いってるし、遊びにしてはモチベーションが混沌としすぎている。

AマッソとヒコロヒーとGlim spankyに胸が高鳴り、衝動のままに夜の街を駆けずり回ってる。なんだろう。全然かっこよくない。

しばらく歩くとブランコがあったのでもちろん乗る。なんとなく友達にLINE。今暇だったりする?
うっわ。夜11時に一番めんどいメッセージ。
今日はもう寝ようと1日を締めくくりにいくのか、まだあれも出来るな!ともうひとアクション起こすのか、本日の日記内容を最終決定するタイミングで。私は。暇かを問い、LINEをよこせと。
っはー!なんて面倒なやつ。
ついでにそのときの私はブランコをブンブカ漕ぎながら抹茶モチモチドーナツを頬張っていて、その姿もすごく不気味だったと思う。見た目もやってることも頭ん中も一番気持ち悪かったです。

友達はちゃんと数分後に「どうした?」と返してくれた。私はその1分後にやっぱ大丈夫!!!と返した。

えっ!?!?めんど!!!ちょっと待ってくれ、それはダルすぎるぞお前。気がコロコロ変わりすぎ、何も考えずに言葉出し過ぎ、だからお前は今日寝床探しなんていう奇行に出てるんだよ!!!

と一人勝手に自己嫌悪に浸っていても仕方ないので、次会った時に友達に詫びる。ごめん、これからも。あなたがもし無敵ダル奴モードに入ることがあれば私を使い倒してください。

そんなこんなで今日の寝床、快活クラブに到着。

フラットシートに寝っ転び、NANAを2冊読み、3:10くらいに寝た。夢には誰も出て来なかった。皆さんに突き動かされて夜の街に飛び出している時点でもう夢みたいなもんか。歩いている間ずっと体中にレインボーの膜をまとっているみたいで、恐ろしい夜だった。まっっっじで怖い。

それにしても、ボディバッグひとつで一夜を明かすのがこれほど爽快だとは。スマホと家の鍵をきちんと持っているあたりがなんとなく悔しいが、いや、スマホが無ければ野宿だったし何よりもラジオを聴けなくて無敵モードの支柱を失ってしまうので悔しいとか言ってられないのだが、とにかくまあ必要最小限の荷物っちゅうのは身軽で自由なもんです、2022年の都市ですから。

ちなみに歯ブラシセットを持っていることにはまったく悔しさを感じない。全身モノクロで飛び出てきた私にとって、エメラルドグリーンの歯ブラシセットは唯一のチャーミングどころな気がした。この夜の出来事を未来の私に残してくれるのは間違いなくコイツだと思う。

魔法かかったみたいなこの夜は、私に何を残してくれるんだろうか。かっこいい人達への憧れだけだとしたらそれはなんか物凄く悔しい。私もかっこよくなりたい。

朝、快活クラブを出てフラフラと入ったドトールでモーニングを頼んだ。氷いっぱいのアイスティーが冷たすぎて、ギンギンの冷房に当たりすぎて、お腹がへにゃころりんとゆるくなった。

もうすでにかっこよくない。

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