四の五の言わずに「量」の勉強しろや、と思うことはある。

「主体的で対話的な学び」とか、「暗記より思考力」とか、「自分で気づき、選択する学習」とかなんやかんや言われるわけですし、分かるっちゃー分かるんですが。

なんっつーか、身体化するのに絶対的に「量」って必要でしょ?


闇雲に勉強するんじゃなくて、目的と手段を関連付けながら自分自身の学習の状況を客観視して修正しろ、というやり方はごもっともですし、私も自分の勉強のときにはそうしているわけですが。


そのうえで、学習・演習の「量」をこなせよと。
「量」に取り組んでいるうちに、「あれ? 自分が思ってた理解とちがうぞ?」とか「自分の理解はずれているかも?」とか思うこともある。


というか、ある程度までやってない状態で客観的に自分の学習状況みるの無理じゃない?

あと、たとえば中学生の学習9教科に全部それやるのも難しい。ある程度、「これしろ」「あれしろ」で済ませておくものも必要だと思うんですがねー。

時間は有限。

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