見出し画像

声優養成所に通っていたときの違和感。声優志望者への忠告

 私は変声期の際に喉に激痛を感じ、治ったころには周りに気づかれないレベルで声がおかしくなった経験があり発声を学びたくて声優養成所に通ったことがある。今回はその際に受けた印象を綴ることにした。 

【声優】はここ十数年人気の職業の1つになっている。芸人や俳優など他の芸能人にも劣らない過酷な生存競争やアニメ一本あたりの破格に安いギャラ事情等は既に広く知れ渡っているが、それでも声優を目指す人間は後を絶たない。

 ブラックジャックやFate/zeroのライダー役で有名な大塚明夫氏は著書『声優魂』で、「以前はたくさんあった椅子に少数の声優が座ろうとしていたが今は椅子の数よりはるかに多い人達が、数限られた椅子に群がっている状態だ」というようなことを言っていた。スマホゲームやその他ネット媒体のコンテンツなど椅子の数が増えているにも関わらず食べていけない人間が多いのだという。

一人が一作品で何役もこなせて、老人が子供を演じることすらできる声優という職業は流動性がよく無く、人数は既に飽和状態だ。にも関わらず声優志望者の数は数十万人存在すると言われている。 

 そして誰もが数十万人の中から頭一つ抜け出してプロになってやると息巻いている。その他凡百とは違うのだと自分の才能を信じている。

 しかし、本気で声優になりたいと思っている人間は少ない。

 正確には、声の演技に情熱を持っている人間が非常に少ない。

 具体的な校名は避けるが、私が通ったのはかなり有名で大きな声優事務所の運営する養成所である。卒業生にも今現在第一線で活躍するベテラン、中堅、若手声優を多く輩出している。

 声優養成所の生徒層は二十代前半が多く、下は高校生、一番年上で二十代後半が数名。その誰もがアニメオタクである。貰った台本や早口言葉の書かれた紙をしまうのは何がしかのアニメのファイルだ。そのアニメを知っているとそれをきっかけに話が弾んで関係を作り出す。ギスギスした空気感は皆無だった。むろん、ライバル意識をバチバチに出している人間もいるのだが、だいたいは牧歌的な空気感にほだされて丸くなる。不安、興奮、仲間意識、寂しさ、色々な感情が不器用に入り乱れていた空間だったと思う。

 だが、決定的に欠けているものがあった。

 それは、芝居への情熱だ。

 即興劇や短編劇、感情表現等が授業で行われれば嫌でも他人との才能を気にしたり他の人間の芝居を評したり、あの芝居はどうやったのか帰り道に聞いたりするものであるが、そういったものがない。

二年間通って一度も無いのだ

ただの、一度も無いのである

 帰り道は必ずアニメの話。芝居の話をしてもどこか流される。

 自発的に芝居の話をしてる生徒、他の生徒と芝居の話をしている生徒。

 そんな生徒はいなかった。

 しかし、いっちょ前に夢は見たり、自分は努力していると思っていたり、全力で声優になりたいのだと信じている。

 覚えろと言われた10分程度の短編の台詞を覚えていない、外郎売が上達しない、半年通っても滑舌が改善しない、そんな生徒がざらにいる。

 私は気づいた。殆どの人が声優になりたいのであって声の芝居を仕事にしたいわけではないのだ、と。

 本当に努力をしている人、努力の仕方が分からなくて苦悩している人などいなかった。

 憧れている〇〇さんと仕事がしたい。アニメに声を当てたい。煌びやかなイベントでステージに立ちたい。ラジオで楽しくお喋りしたい。そんな感情だけで養成所に来ている。

 声優という職業の根っこにあるはずの芝居・演技への情熱が無かった。ただ、渡された課題を講師の言うとおりにやっていれば勝手に声優への道が開けるとでも思っているような態度だった。

 芝居と向き合っている人間がいなかった。

 声優とは俳優という職業の1つの形にすぎない。演技することの楽しさが分からなければ、声で何かを表現することに楽しみを見出せなければ諦めた方がいい。素質がないのだ。

 素質とは才能、つまり、最初から目を引くパフォーマンスができるかどうかではない。それは素質の一面に過ぎない。最も大事な素質は情熱を注げるかどうかだ。寝食を忘れるほど、恥を厭わないほど、熱中できるかどうかだ。

 無論、声優を志すきっかけは何でもいい。小奇麗な動機より持続性のある情熱が大事だ。しかし、残酷なことに自分の夢が必ずしも自分のやりたいことや得意なことと一致しているかは別なのだ。

 大金を稼いで高級車に乗って美人と結婚しているサッカー選手が羨ましいからサッカー選手になりたい。でもサッカーは面白いと思わない。そんな人間がサッカー選手になれるだろうか。声優も同じである。

 私自身、マイク前の演技をしてみたが、物語世界に入り込める瞬間がセリフを喋る時の一瞬のみ(マイクの数に限りがあるので声優はセリフを喋ったらすぐにその場を次の出番の演者に明け渡さなければならない)というのが物足りなく感じ、万が一にもこの道はないと確信した。

 夢を目指すのは自由だ。だが、夢の職業をゴールにしてしまい、仕事内容に関わることに情熱が注げないのなら、立ち止まって辛い決断をする必要があるだろう。

 声優になりたいのと声の芝居がしたいのは別物なのだから。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?