骨の髄まで着せ替えて円舞曲を 800文字ショートショート 95日目

この服、キリエの鎖骨が映えそう。

とろみあるサテン生地のシャツを手に取り、鏡の前であの子が着ているのを想像する。私より二十センチも背の高いあの子は、そこらのマネキンよりも綺麗に着こなすだろう。

「そちら秋の新作になっております。人気の商品となっていまして、残り1点──」

近づいてきた店員の接客を聞き流しながら、鎖骨から上腕骨、橈骨、尺骨のラインが美しく浮かび上がるか考えていく。

手骨を握って背骨の後ろから腕を回して踊る時、無駄な線を描かないか。

キリエの美しさを損ねていないか。キリエに相応しい一着であるか。

私自身が身に着けるものより、慎重に選ばなければ気が済まない。

「モデルの杜若あやめも、」

「これ、いただけますか」

セールスを歌う店員を止め、シャツを差し出す。驚いた表情をしたものの、すぐに「ありがとうございます!」と嬉しそうに預かった爪の短い指に安堵した。ネイルで服に些細な傷がつく心配はなさそうだ。

「こちらLサイズですがよろしいですか? 試着などは……」

遠慮のない視線が上から下へ私を品定める。どう考えても合っていない。考えていることが分かりやすすぎる。

「大丈夫です、贈り物なので」

私ができる最高の笑みで、百八十着目になるキリエの服を会計した。

 

「ただいま、キリエ。お給料が入ったから貴方の新しい洋服を買ったよ」

四畳半の部屋に背筋を伸ばして立っているキリエを抱きしめ、早速購入した服を着させていく。

私の想像通り、キリエはあの店のマネキンより綺麗に着こなしてみせた。心配だった腕の骨のラインを美しく浮かび上がっている。

「綺麗だよ、キリエ。今日も円舞曲を踊ろうか」

キリエを支えている台から降ろし、私の腕で支えながら手骨を握る。ぎこちないステップで畳の上を踊りながら、窓から射し込む月光に照らされた骨格標本のキリエをうっとり見つめる。

骨の髄まで私が着せ替えてあげる。最高の貴方と円舞曲を四畳半のホールで延々と。

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