女王様は可愛い犬が理想的 800文字ショートショート 92日目
犬の男が好きだ。特に大型犬の雰囲気を醸し出す、包容力のある年上の男が。表面上にこやかに取り繕う私の、ぐらぐらと揺れる癇癪蓋を鼻先で抑えてくれる、惜しみなく労わってくれる男。
ダルメシアン、シェパード、コリー、ドーベルマン。
私はそういった男を嗅ぎつけ、選び、傍に置いておくのが得意だった。
「すぐに捨てるくせに何言っているんだ。ペットショップで”一目惚れして飼っちゃいました”とか”目が合って運命感じちゃいました”って熱く語るわりに、すぐ手放すクソな連中と一緒だ。自分から手を伸ばした責任を取らず、心的外傷だけ与える。相変わらずの残酷思考で頭が下がる」
同期の風見が心底軽蔑するように吐き捨てる。
堅物を象徴する左右対称の分け目に似合わない、カカオの匂いを漂わせて上唇をこげ茶に染めている。苦虫を食い潰したような歪みを口元に携え、
「君のやり方など嫌というほど理解している」
さも知った態度で強く頷き続けた。
その通り。
堂々と最低の人格を認めるほど私は馬鹿じゃない。琥珀の含んだ液体を口につけ、粘りのある口内を潤した。
「そんなことしないってば。最後まで愛おしさを込めて選んだ手を握り続けるもの」
垂れた髪を耳にかけながら、さらりと吹き抜ける嘘をつく。見抜いているのか、風見は控えめに両肩を上下させた。つい最近まで私の握った綱の先にいる犬が、代わっているのを知っているからだろう。
しかし私にだって理想がある。
その理想は衝動買いしてしまうのとは違う。”運命”や”一目惚れ”なんて人の幻想と押し付けで生まれた誤認識に過ぎない。
好みを嗅ぎつけ、綿密に精査し、慎重に選ぶ。
幼少の頃から陽を透さない白肌に芽吹き纏う棘を、身体に刺さっても気にせず寄り添ってくれる。解消されない苛立ちを綺麗に取り除いてくれる。
そして無償の愛で何があっても私を嫌わないでいてくれる、程良い依存を持ち合わせた犬を。
「でもいらない子は捨てるのが常識でしょ」
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