凡人には理解できない、崇拝の愛 800文字ショートショート 99日目

「花咲さんって彼女いるらしいんだよね」

珍しく同僚にランチに誘われたと思えば、開口一番の話題が花咲さんの恋愛事情で、内心首を傾げた。

何をそんなに申し訳なさそうに報告するのか分からない。
同僚がフォークでもてあそぶパスタを見つめながら、曖昧に微笑んでいると「ごめん」と続け様に謝罪を口にされた。

「あなた、花咲さんのことが好きでしょう? 不毛な恋だと分かって傷つく前に教えたくて。もちろんお節介だってのは理解しているの」

ぺらぺらと語る同僚の声音に下世話な勘ぐりが混じっているのに気が付いた。

途端に視界が薄暗くなり、世界が朱色めいた色彩に染まっていく。行くかう人の談笑が雑音に聞こえ、映る全てがモザイクじみた認識不可能なものに変化した。

貼り付けた笑顔を化物に向けながら「そういうのじゃないよー」と口にもしたくない言葉を吐く。

偶像的存在に恋慕を抱くなんてどうかしている。
安易な物差しでしか測れない同僚も、神聖な対象物を性的認識で付き合う女を。

汚い。醜い。気持ち悪い。

 (私と花咲さんの関係性をそんな腐った目で見ないでよ。あの人が誰を選んで付き合おうが関係ない。どうせ相手の女の方から告白したに決まっている。花咲さんは優しいから断らないだけ。そもそも自己満足でしかない独りよがりな感情をぶつけて願望を叶えようとしていること自体に吐き気がする。本当にあの人のことが好きだったら恋人になりたいなんて言ったりしない。あの人がどれだけ多忙で、“他人”に時間を割いている余裕なんかないってちゃんと見ていれば気付く。配慮がない時点でただの押し付けがましい要求でしょう。あぁこうして考えているだけで腹が立つ。くだらないおままごとに付き合わされる花咲さんが可哀想。誰に対しても等しい対応をしているだけなのに。それを特別だと勘違いする神経が信じられない。烏滸がましいなんて程度ではない。あの人は、あの人は──)

「あの人はただの憧れだよ」

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