この先も貴方を待っている人がいる 800文字ショートショート 100日目
長く続く階段の一段目を登ると、煙草を吸う男の隣で微笑む女が問いかけてきた。
「貴方は肺を汚されてもいいって思った人、いる?」
答えるより先に足がどんどん階段を駆け抜けていく。
十四段目に差し掛かった時、喋る万札が「どうだ、私を攫ってくれないか」と声をかけてきた。
「貴方も春夏秋冬の思い出を巻いて食べませんか」
三十四段目では腹の虫をくすぐる美味しい、けれど切ない揚げ物の香りが横切った。
「それならよいしれBARはいかがですか?」
五十四段目では格式高いマスターが鮮やかなカクテルを差し出した。
「あ、先生。先生も分厚いファンレターが届いたりしますか?」
六十八段目で重い愛を抱えながらも嬉しさが伝わる、舞台俳優とすれ違った。
「いつになっても魔王を滅ぼす勇者は現れんな」
七十九段目で玉座にふんぞり返る魔王が退屈げに呟き。
「こちらももう少しでこの階段を登頂します!」
八十五段目で甘い山を制した男の宣言を聞いた。
「そろそろ足がお疲れでは? どうぞどうぞ。ワタクシの膝の上でお休みください」
九十四段目で優雅で紳士な椅子に出会った。
そして私は今日、百段続く階段の最後の一段を登りきる。
汗が伝う顎先を拭い、息を整えて足を踏みしめた。百段登った先に見える景色は、果たしてどんなものなのだろうか。
拍手喝采の観客に出迎えられるのか? それともこの世で一番の絶景を眺められるのか?
胸の高鳴りを煽るような盛大なクラッカー音と、華々しい紙吹雪に目を細めた。
「一色透先生、おめでとうございます!」
ひまわりの花を咲かせたような、満面の笑みの女性が私を出迎える。その隣には不服そうな烏の男もいる。
彼等だけではない。今まで階段であった人物が全員その場で祝福の花を咲かせていた。
「先生、私たちだけじゃないです。この先でも貴方も待っている人がいますよ」
握らされたペンと共に新たな階段の先に急かされる。
これから会う彼らに会うには、また物語を歩むしかないようだ。
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