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【解説④】改正「給特法」によって働き方改革は進むのか?~「月45時間、年間360時間以内」の上限規制~

前回の記事はこちら↓↓↓

◯前回の記事では、2016年(平成28年)度に文部科学省が実施した「教員勤務実態調査」によって、過半数の教員が過労死ラインで働く過酷な長時間労働の実態が明らかになったということ。そしてそれを受けて、文部科学省としても本腰を入れて「教員の働き方改革」に乗り出し、それが最終的に「給特法」の改正に繋がったということを時系列で説明しました。

◯今回の記事では、その「改正給特法」の中身について具体的に踏み込んでいきたいと思います。

◯この「改正給特法」は、正式には「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法の一部を改正する法律」といいます。

◯つまり、給特法に全面的な変更があったわけではなく、一部だけを改正したということです。具体的には、①新たに第7条が新設された②第5条が改定されたという2点です。

◯「改正給特法」によって変わること。
それは前回の記事でも書いたように、
①時間外勤務を「月45時間、年間360時間以内」とする
②1年単位の変形労働時間制の導入

という2点ですが、①が第7条に関連すること、②が第5条に関連することです。

◯このように、実は2つの軸が同時に進行しているので、一緒くたに考えると分かりづらくなります。これらは分けて考える必要がありますので、2回に分けて説明したいと思います。

◯本記事では、時間外勤務の上限規制(「月45時間、年間360時間以内」)という点について解説していきます。

①給特法に【第7条】が新設された!

第七条 
1 文部科学大臣は、教育職員の健康及び福祉の確保を図ることにより学校教育の水準の維持向上に資するため、教育職員が正規の勤務時間及びそれ以外の時間において行う業務の量の適切な管理その他教育職員の服務を監督する教育委員会が教育職員の健康及び福祉の確保を図るために講ずべき措置に関する指針(次項において単に「指針」という。)を定めるものとする。
2 文部科学大臣は、指針を定め、又はこれを変更したときは、遅滞なく、これを公表しなければならない。

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【解説】「給特法」第7条 ~「指針」に法的根拠を持たせる~
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◯新設された「第7条」が定めたことは、文部科学大臣が、教育職員の健康と福祉の確保、学校教育の水準維持のための「指針」(ガイドライン)を定めるということです。

◯前回の記事でも書いたように、平成31年1月25日に、中教審の「答申」(新しい時代の教育に向けた持続可能な学校指導・運営体制の構築のための学校における働き方改革に関する総合的な方策について)が出されました。

◯この答申を踏まえて、文部科学省は同25日に、「公立学校の教師の勤務時間の上限に関するガイドライン」を公表し、教員の「超過勤務時間」についての上限の目安を「月45時間、年360時間以内」とするという基本方針を示しました。

「月45時間、年間360時間以内」という数字の根拠は、平成30年6月29日に成立した「働き方改革関連法」(平成31年4月1日より施行)です。この法案が規定している残業時間の上限規制が「月45時間、年間360時間以内」であり、公立学校もこの民間の原則と合わせているのです(民間の残業時間の上限規制と同じになったなどと喜んではいけませんよ。教員には残業代が出ないわけですから、残業代が出る民間と同じなどではありません)。

「働き方改革関連法」では、労働者の過労死等を防ぐため、残業時間を原則として月45時間かつ年360時間以内とするだけでなく、繁忙期であっても月100時間未満、年720時間以内にするという上限が設けられています。この点も同じ原則が適用されています。

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◯改正「給特法」によって新設された第7条に示される「指針」というのは、この「ガイドライン」のことです(指針とガイドラインは同じ)。

◯この「ガイドライン」自体には法的な拘束力はありません。しかし、改正「給特法」の第7条に「文部科学大臣が、教育職員の健康と福祉の確保、学校教育の水準維持のための指針(=ガイドライン)を定める」と明記したことで、ガイドラインと法律に関連性が生まれることになったわけです。つまり、文部科学省が出す「指針」は法的根拠をもつものとして「格上げ」されたということになります。これまでとは重みが違うわけです。

◯しかし、文部科学省が本気で時間外労働を月45時間、年360時間以内に抑えたいのであれば、なぜ「働き方改革関連法」と同様に「法律に」(=給特法に)そのことを明記しないのかという疑問が湧きます。

◯この点について、妹尾昌俊さん(教育研究家)が解説しているので引用します。

なんで国で強制せずに、やや、まどろっこしいことをするのか、不思議に思う方もいると思うが、合田課長の言葉にも出ているように、地方自治により、教育(幼~高校)のような身近なものは、なるべく住民に近いところで決めるのが、日本の原則だからだ。公立学校の教員は地方公務員でもあるので、自治体(多くの場合、県費教職員なので都道府県か政令市)の条例等により決めていく。

◯ここに出てくる「合田課長の言葉」とは、以下のものです。

文科省の合田財務課長は、教育新聞社のインタビューに「教育は自治事務なので、国として指示や命令はできないが、法律に根拠を置いた指針について、これらのモデル案を示してもなお対応しないということは、わが国の自治行政の中では考えられない」と話している(教育新聞2019年10月31日)。

妹尾昌俊さん曰く、

つまり、今回の改正によって、従来よりもより多くの自治体(教育委員会)で、勤務時間の上限についての条例や規則が定まり、多くの地域、学校で、労務管理と働き方改革が進むようになるだろう、という観測である。

ということです。

◯要するに、いくら法的拘束力のないガイドライン(指針)といえど、それが法律の要請を受けて文部科学大臣が策定したものである以上、法的根拠をもったものであるのだから、「善良な」我が国において、これを無視するなどということは考えられず、多くの自治体(教育委員会)が働き方改革に乗り出すだろう、そういう「空気」ができれば、他の自治体(教育委員会)もその流れに乗るだろう、というわけです。相も変わらず「忖度」の世界観がにじみ出ています。

②給特法【第7条】は令和2年4月1日から施行!

◯ちなみに、令和元年12月4日に成立した改正給特法。その勤務時間の上限に関する【第7条】令和2年4月1日から施行されていますが、皆さんの自治体では何らかのアナウンスはありましたか? 私の勤める自治体では令和2年8月時点の現在、我々教職員に向けての具体的な指示は校長から下りてきていません(校長レベルには、何らかのアナウンスがあったかもしれませんが)。

◯ところで、月45時間と大きく括られると実感として捉えづらいので、実際に1日の勤務時間としてわかるように捉え直してみます。

月45時間というのは、1週あたり約11時間15分。1日あたりでは2時間15分ということになります。これを超えて働くと月45時間の上限規制は守られなくなります。

◯公立学校の教員の所定労働時間は7時間45分です。学校によって5分ほど違いはあるかもしれませんが、一般的な勤務時間は8:15~16:45(休憩45分含む。*労働基準法では6時間を超えて8時間までの労働は45分間の休息時間をとることが定められています。)

◯1日あたり平均で2時間15分の時間外勤務をしたとすると退勤時間は19:00ということになります。

◯しかし、令和2年4月1日から施行されているはずの給特法【第7条】。実態として19:00に退勤できていますでしょうか? おそらくほとんどの学校で実行できていないはずです。それに、そういう指導さえ校長からないのではないでしょうか。従来通り、何時まで残っていても暗黙のうちに認められている状況だと思います。もちろん、土日の部活動ではタイムカードで打刻する習慣づけさえされていません。現段階では、ガイドラインは完全に「絵に描いた餅」といった有様です。

◯しかし、ちょうどこの記事を書いていた8月30日。以下の見出しのニュースが報じられました。

「県立の特別支援学校で勤務時間を過少記録か 県教委調査へ」

 県教委によると、県立学校ではパソコン上に表計算ソフトを使った「在校等時間記録ファイル」がある。出退勤時刻は、各教員に貸与されたパソコンの起動・終了時刻が自動的に入力される。
 同校の場合、基本の勤務は午前8時半~午後5時で、休憩時間を除いた7時間45分が正規の勤務時間となり、それ以外は時間外労働(いわゆる残業)とみなされる。
 上毛新聞が入手した複数の資料や関係者への取材によると、教員の一人は、本年度のある月に、本来なら1日に4時間近く残業したが、記録上は1時間程度とされていた。別の教員も、5時間近く残業したのに1時間程度となっていた。こうした過少記録が、連日のように確認された。
 記録には「除外する時間」という欄がある。学校にいながら業務外のことをしていた時間などを示すもので、入力した分が在校した時間から差し引かれる。過少記録は、この仕組みを使って行われた模様だ。
 しかし、関係者によると当事者たちは「実際はずっと仕事をしていた。『除外する時間』はなかった」などと証言している。

◯4時間や5時間にも及ぶ残業が、なんと「1時間」に改ざんされるという恐ろしい違法行為が行われていたわけです。ここには、ガイドラインに明記されている、ある文言がカラクリとして潜んでいます。

◯それは「所定の勤務時間外に自発的に行う自己研鑽の時間その他業務外の時間については、自己申告に基づき除く」という文言です。

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◯記録上の在校時間をそのまま集計するのではなく、自発的な業務の場合は、その時間を除外しなさいということです。たとえば、教室の掲示物の張り替えなど、明日に回してもよいような仕事に当てた時間や、部活動の指導に関する本を読んでいた時間などというのは、「自発的に行う自己研鑽の時間」にあたり、勤務時間の記録から差し引きなさいということです。だから、「除外する時間」などといった入力項目があるわけです。しかし、あくまで「自己申告に基づいて」とあるように、校長が本人に何の確認もなく勝手に勤務時間を改ざんしてよいものではありません。

県立学校教員の勤務時間に関するガイドラインの運用を今年4月に開始。国指針に沿い、原則として時間外労働の上限の目安を月45時間、年360時間とした。県教委と連携し、各校長が勤務の実態を把握して業務を適正化すると定めており「目安の順守が目的化し、実際より短い虚偽の在校時間を記録に残し、残させることがあってはならない」と明記した。

◯群馬県ではガイドラインの運用を令和2年4月から開始しているということで、その点は評価できますが、校長レベルにはおそらく何らかの圧力がかかっているのでしょうか。そこで、こうした改ざんを行う校長が出てくるのだと推察されます。

③絶対に自分自身の手で勤怠管理を行おう!

◯これは間違いなく氷山の一角であり、これから各所でこういったニュースが相次ぐことが容易に予想されます。

◯私たち教員にできることは、自分自身の出退勤の記録を、校内のタイムカードその他勤怠管理システムに完全に委ねるのではなく、自分自身で確実に記録していくことです。いざという時に戦えなくなりますので、明日からでも始めなくてはなりません。

◯それは、次の記事で解説する変形労働時間制の話にも繋がることですので、軽く受け止めずに、絶対に自分自身で勤怠管理を行ってください







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