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續 歳 晩 私 記

池 與 菊 志 夫

 私は今年の元旦號にもなにか書

いたやうに覺江てゐる。だから今

年最終の一頁にもなにか書いてみ

たいと思つて、原稿紙をひろげて

みた。

 まづ私の文机は赤塗りの欅でで

きてゐる。これは衣服だとか道具

だとかを老後のたのしみにした私

の父の遺品のひとつである。この

机の上には、これも父の遺して行

つて呉れた支那七寶の一輪ざしの

花瓶がある。その花瓶には私の好

きな冬の花の椿が一輪赤あかと咲

いてゐる。又片隅には文字を書け

ない私には贅澤すぎる紫壇の硯箱

がある。それからこのあひだも或

る老人と夕食を共にしたとき、そ

のひとが手にとつて大へん嘆賞し

た朱木(?)の小箱がひとつある。

私はいまそれに朱肉をいれてゐる

のだが、その老人の言ふには―こ

れは朱いれには過ぎたものだ。茶

をたてるときの香いれになさい。

―とのことである。なるほど日頃

から私も、その彫りものの確かさ

と言ひ、朱のいろ艶といひ、仲な

か氣品のある落着いた出來榮だと

思つてはゐたのだが、さう言はれ

てみるとひとしほの愛着を覺江る

硯箱も香いれもみな亡父の遺品で

ある。私はいまこの原稿を書き乍

ら、左の手には絕江ず煙草のぱい

ぷを挟んでゐる。又右の手には五

分にいちどほどの割合でペンを離

して、その代りに九谷の湯呑茶碗

をとりあげるのである。私の煙草

好きは、これも父の遺して呉れた

惡癖のひとつである。茶をがぶが

ぶとのむくせも父の生前とそつく

りである。(島崎藤村氏の飯倉だ

より―を讀んだことのあるひとは

茶好きな藤村氏が飯倉の深山とい

ふ老舗から茶を買つてくるといふ

一節を覺江て居られるであらうが

私は殆んど日曜日ごとに神谷町の

品川さんの家へ遊びに行つて、そ

の深山の茶をご馳走になるのを大

へんたのしみにしてゐる。その茶

のことを品川さんでは藤村のお茶

だと言つて、私などもその茶の味

はひをどうやら覺江てしまつたや

うである)私が今用ひてゐる茶呑

は、父がまだ生きてゐた頃、恐ら

く私以上に父と仲のわるかつた弟

が、金澤の方へ旅をして、どうい

ふつもりでか、父への土産にと贖

つてきた、甚だ凡俗な九谷である

弟はなにも言はずに母の手から

それを病床の父におくつたさうで

あるが、長い病氣で心の弱くなつ

てゐた父は、泪ぐんでその弟の

志をありがたく思つたといふこ

とである。なんでも父はその茶碗

で二三度、うまさうに茶をのんだ

さうであるが、それから間もなく

茶をたしなむほどの氣力もなくな

つてしまつた。父の死床に座つて

私達兄弟はお互に歔欷きよきをつづけ乍

ら、生前の不幸の數かずを心から

詫びたが、そのとき弟は、お父さ

んが茶を好きだからと思つて、折

角九谷を買つてきてあげたのに・・

・・と言つて、聲をあげて泣きだし

たことを、私は今もなほはつきり

と思ひだすのである。私は志賀直

哉氏の―和解―といふ作品を讀む

たびに眼のうちが熱くなるのを覺

江て、きつと父のことを思ひだす

ものだ。父の死床に侍して泣いた

ことのある弟はどんな氣持でそれ

を讀んだことであらうか。私はよ

ほど父に似たところが多いさうで

跫音などはそつくりだと、よく母

が言ふほどである。痩せてひょろ

ひょろとしたところも、猫背のと

ころも、腰を撫でる癖も、風貌も

なにもかもそつくりだといふこと

である。ただ著しく異ふのは私の

氣性である。母の話によると氣性

は私の方がはるかにいいさうであ

る。若しさうだとすると、それは

文學の恩惠である。父は文學など

は見向きもしなかつたひとである

が、それでも晩年は病床の憂たて

さに、夏目漱石氏の作品などを大

分讀んでゐたやうである。私は自

分の本を、仰臥し乍ら讀まれたり

するのが不快で耐らなかつたから

甚だ不遜なわけだが父の讀みさう

な本は、なるべく眼につかないと

ころへかくして置いたりしたもの

だ。今思ふと後悔の念で泪ぐまず

には居られないが、さういふとき

に私が夕方などに家へ歸つてくる

と、父はいかにも哀しさうに私を

みつめ乍ら―もう仰臥ままでは決

して讀まないから、もうすこし本

を讀ませてお呉れ、今日は終日退

屈で煙草ばかり喫んでゐたのだよ

―と言ふのであつた。さう頼まれ

ても私は父の言ふとほりにはしな

かつた。自分の藏書に對しては今

でもさういふ潔癖を持つてゐるが

父があんなに早くくなることが

分つてゐたら、せめて父にだけで

も思ひどほりにしてあげればよか

つたと、自分の頑くなな氣持を哀

しく思ふ。ひとを毛嫌ひする癖も

父と共通した私の惡るい癖である

或は私は父よりもそれが激しいか

もしれない。私は好きなひととな

ら、ただ默つて傍に居るだけでも

樂しく思ふのだが、嫌ひなひとは、

そのひとの名前をきくだけでも不

快である。好きなひとは十指を以

て數ふるに足りないほどなのに、

嫌なひとは一歩戶外へでれば言ふ

までもなく、肉親のなかのもゐる

のだ。

 私は餘程のひと嫌ひである。そ

のくせ、ほんの少數の好きなひと

となると、先方がうるさくなるほ

どの愛着を覺江るのだ。私の好きな

ひとが、そのひとの好きな別のひ

とを紹介して呉れることがあつて

も、偏狭な私はよくよくのひとで

なければ、そのひとを好きにはな

れない。私の好きなひとが、私が

好きにもなれないひとを尊敬して

ゐるのを知ると、私は不快と嫉妬

とを同時に覺江るほどの變人であ

る。私が近ごろ紹介されて會つた

ひとのうちでは、藤田睡庵先生と

その夫人美代子さんとを好きであ

る。藤田さんの素朴な幸福さが心

に泌みるほどだし、又、藤田さん

の家の椽側で日向ぼつこをし乍ら

カナリアと遊ぶ長閑さもいいし、

あのひとの家には珍らしく爐をき

つてあるのも私にはなつかしいの

だ。雪の降る日などにあの室にこ

もつて茶でも啜り乍ら、硝子戶越

しに庭を眺めることができたら、

どんなに樂しいだらうと、私はあ

のひとだちの生活を羨望してゐる

 なんとなく慌ただしい歳晩の氣

分だ。これからさきの自分の生路

を思ふと、生きてゐる氣持はしな

いが、まあ生きてゐれば、嬉しい

ことも多いし、自分を可哀想に思

つて温かい心で慰めて呉れるひと

もあるのだから、そんなひとのあ

るあひだはその日暮らしでもつづ

けてゆきたいものだ。

 このごろは本もちつとも讀まな

いし、なにをするのもいやだが、

夕方など市谷の秀英舎のそばを歩

るいてみると、煌々と電燈がとも

つて新年號の雜誌を刷つてゐる忙

しいもの音をきくと、ひとりでに

佐藤春夫先生が中央公論や新潮の

原稿を書けないで苦しい日夜をお

くつて居られることを思つて、い

づれ先生がおひまになられたら、

是非ゆつくりと鳥でもみせて頂き

たいものだと思つたりしてゐる。

 自分の飼つてゐる目白も、近い

うちに結婚をさせてやるつもりで

ある。好きで、尊敬できて、生命

がけて戀ひしても、望みどほりに

ゆかないのは、人間だけのことで

ある。せめて戀愛だけでも、小鳥

のやうに純粹な自由さをゆるされ

ないのであらうか。若しさうだと

したら、人間の世界ほど希望のな

いものは他にあるまい。

(十四・十二・十二深更)

(越後タイムス 大正十四年十二月二十日 
                   第七百三十三號 四面より)

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