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承認欲求を否定しながら、刺激する社会をいかに生きるかー「ダイエット幻想」に込めた挑戦

今年の6月22日、私は『ダイエット幻想』の終章を書き終わり、5日後の6月27日に『急に具合が悪くなる』の最終便を宮野さんに託しました。

私はこの二つの本を同時並行で書いていました。

でも、だからこそ、宮野さんへの最後の書簡は、『ダイエット幻想』を書き終えた状態で、書簡にだけ全力を投じられる状態で書きたかった。

『急に具合が悪くなる』は私にとって、これまでに経験したことのない、大きな挑戦でした。初めての共著でありながら、その片方の結び手がどんどんと具合が悪くなり、死に直面する。

その人に対して私はどんな言葉を投じることができるのか。どこまで学問のやり取りが可能なのか。未来がどうなるか全く予想できない中、互いの信頼にかけ、覚悟を持って言葉を投じる。かつてないほどの緊張感の中で言葉を投じていました。

他方、書簡と同時並行で進められた『ダイエット幻想』には別の挑戦がありました。

40代の著者の言葉は若い世代に届くのか

『ダイエット幻想』は若者向けのレーベル「ちくまプリマー新書」から発刊されています。

私は「ダイエット」というテーマを扱い、このレーベルで何かを書けるとしたら、今しかないと思っていました。これがラストチャンスだろうと。

歳をとってゆくと、10代、20代の頃の自分が切実に抱えていた悩みの手触りが薄れてゆくことを感じます。それはいけないというわけではなく、むしろ40代に入り、その手触りがそのまま残っていることの方が問題でしょう。

年月が過ぎると悩みの内容も質も明らかに変わってくる。その結果、自分がさまよっていた山脈を遠くから眺められるような距離感で、若い頃の悩みを眺められるようになります。この変化は、年を経ることの良い面といって良いでしょう。

ただ怖いのはその感覚を持って、若い人が抱える悩みを「そんなのはとるに足らない。人生もっと大変なことがある」と言ってしまうこと

ダイエットという実践に限れば「体型なんて関係ない、適度なダイエットをしよう」と言ったように、体型にこだわってしまう若者が「わかっていてもできない」とアドバイスを100%の善意で気軽にしてしまうことだと思います。

その意味で、40代前半という今の私の年齢はーあくまでも私にとってですがー若い時に抱えた悩みの内実にある程度ふれながら、それと距離を取りつつ描写できるベストの、しかし最後の機会であったと感じます。

でも私の言葉がどこまで若い世代に届くのかはわかりません。もしかしたら悩みの質は全く変わってしまっているかもしれない。

その意味でこの本は挑戦でした。

「自分らしさ」の罠

とはいえ、私の中で、ここは時代が変わっても普遍的だろうと考える若者の(もしかするとそれ以外の世代の)悩みがありました。

それが承認欲求の問題です。

承認欲求は、身体の改変ー身近な例で言えばダイエットーと分かちがたく結びつきます。なぜなら他者承認を求めようとする時、一番手っ取り早いのは見かけを変えることだから。

その意味で、「ダイエット幻想」はダイエットと同じくらい、承認欲求に重きを置き、それはあって当然のものというところから始めています。

なぜなら「自分らしさ」を奨励する私たちの社会では、「承認欲求」はあまり良くないものとして見なされがちであるから。承認欲求から抜け出すための処方箋として「自分らしさ」が持ち出されがちだから。

ですがこれこそが<自分らしさの罠>です。

私たちは、生まれた時から他者の承認を必要とします。誰かに自分の子どもとして認識され、名付けられ、育ててもらわなければなりません。学校では周りの人に友人としてみなしてもらわないといけません。

もちろん「友達など学校で作らなくても良い」という考えはありますが、友人は一人もいなくていいという考えには至らないでしょう。それは私たちが生きていく上で他者の承認を必要とするからです。

自分は他者の承認があって初めて成り立つ。だからこそ私たちは本質的に他者の承認を求めてしまう。

現代社会の難しさは、この社会はが「自分らしさ」を賞賛し、承認欲求を否定しながら、それと矛盾する形で私たちの承認欲求を強烈に刺激してくることです。SNSはその典型でしょう。承認が「量」で示されることで、承認の量の比較が可能になることで、他者と優劣をつけることが容易になり、それが私たちの承認欲求を加速させます。

とはいえ、SNSを使わない方がいいといったことをいうつもりはありません。SNSには多くの良さもあるからです。

承認欲求を過剰に刺激する社会の中で、いかにそれをすり抜けながら生きるか。それはこの本のもう一つの問いである「やせたい気持ち」といかに付き合うかという問いの裏面であり、だからこそ本書は承認の問題に重点を置きました。

この問いは、今の若い世代も共有しているのではないか。そこに賭けてみた本が「ダイエット幻想」です。

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