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『医療者が語る答えなき世界』ができるまで

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私が2016年まで介護雑誌『ブリコラージュ』に連載をしていた12本の記事を公開します。 これら記事を大幅に書き直したものが、2017年にちくま新書より出された『医療者が語る答え… もっと読む
個別ですと100円ですが、まとめてご購入いただくと1記事50円となります。初回のみ無料でお読みいた… もっと詳しく
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記事一覧

vol.1 医療という不思議な空間

服を脱ぎ、裸を見せ、さわらせる。 自分の身体に針が刺され、器具が取り付けられる。 自分だけの秘密をつぶさに話す。 私たちの日常において、こんなことが当たり前にできる相手、もしくは、こんなことをされても平気な相手はいるだろうか。 初対面の人に、このようなことができる人はまずいないだろう。初対面の人相手に、突然裸を見せ、自分の秘密を赤裸々に話したりしたら、警察に通報されかねない。 身体を見せたり、秘密を話したりすることができるようになるには、お互いが相手のことをよく知り、さら

vol.2 「いのち」への責任【1】 ーー高齢者への身体抑制を行った、 看護師の体験から考える

看護師になって10年目の平林(仮名)は、「胃ろう」と聞くと思い出すエピソードがあるという。それは、胃ろう造設後、自宅に戻ることになっていた認知症の患者が、つくったばかりの胃ろうに挿入されていたカテーテルを抜いてしまったできごとだ。 胃ろうがきちんと固定されるまでは感染も起こりやすく、また穴もふさがりやすい。 この時点でのカテーテル抜去はあってはならないことであった。 だからこそ看護師たちは、医師を呼び、応急処置を試みた。しかし、駆けつけた医師も戻すことはできず、つくった

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vol.3 「いのち」への責任【2】ーー心ある医療者はなぜ患者を縛れたのか

患者の身体を縛る医療者は、そのときどんな気持ちになるのだろうか。前回、その経験がある看護師の次の言葉を紹介した。 最初はしょうがないなって思った。こういうふうに危険を防止するんだって。先輩に教えてもらうままにやった。でも抑制されている患者さんたちを大勢見ると、抜け出そうとしている……。そりゃ、縛られるのは嫌だよね。そういう姿を見ると、「縛っていいのかな」っていう気分になった。でも、(抑制を)外してしまったら、命にかかわる場合もある。だから、しょうがないっていうのもあって。そ

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vol.4 良い医療者は 泣かない医療者? 【1】 ーー死に際して医療者が泣けない理由を考える

家族が一番悲しいのに、 あなたが泣いてどうする?看護師になってすでに15年近くになる菊地のはじめての勤め先は、総合病院の内科であった。そこで菊地は、看護師として何人もの患者の命を見送ることになるのだが、そのうちの1人である金澤とその家族とのエピソードを、菊地はいまでも忘れずに覚えている。 金澤は、50歳代の末期肺がんの男性患者であった。肺がんの末期は呼吸困難が生じて苦しいため、最後は、意識レベルを落としての治療が続いていたが、菊地はそれ以前から金澤の看護にあたっており、家族

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vol.5 良い医療者は 泣かない医療者?【2】 ーー隠喩からとらえる、死に際して医療者が泣けない理由

「家族が一番悲しいのにあなたが泣いてどうする?」 「泣いたら看護師失格ね」 患者の死に際して医療者が泣くことは望ましくない。前回は、そのような規範がうかがえる2つのエピソードを紹介した。 看護師の武井麻子は著書『感情と看護』(1)の中で、「患者に対して怒ってはいけない」「泣いたり取り乱したりしてはいけない」という厳然たる規範が暗黙の了解のうちに看護師の間に存在すると述べる。上記エピソードのこの規範に則ったものといえるだろう。

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vol.6 「治す」ことの諸相【1】 ーーがん治療を専門とする腫瘍内科医の場合

動き出す心臓、歩き出す患者現在がんの化学療法を専門とする腫瘍内科医の佐々木が、研修医として循環器科に配属されたある日の早朝、心停止の患者が救急隊に心臓マッサージをされながら病棟に運び込まれた。 電気ショック(1)をかけると、幸運にも一発で脈は戻り、心電図の波形は明らかな心筋梗塞を示していたため、患者はすぐさまカテーテル処置室に運び込まれた。カテーテル処置中に意識は回復、患者はしばらくICU(集中治療室)で治療を受けたのち、自分の足で歩いて退院した。 佐々木はこのエピソード

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vol.7 「治す」ことの諸相【2】ーー高齢者病棟ではたらく理学療法士の場合

前回は、がんの化学療法を専門とする医師の佐々木の語りから、「治る」ことの諸相についての考察をした。今回は、高齢者病棟で働く理学療法士の加藤の経験から「治る」ことの意味について読み解いてみたい。 半分が寝たきりの病院まず、加藤の話を聞いて気づくのは、先回の医師と佐々木との職場環境の差だ。佐々木は、がん専門病棟ではたらいており、やってくる患者は他病院からの紹介がほとんどであった。 ひるがえって、加藤の職場の近くには大病院がある。急性期や重症の患者はそちらに運ばれるため、こちら

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vol.8 「治す」ことの諸相【3】ーー摂食障害の自助グループを運営する

自助グループと病気2014年3月7日、私を含めた文化人類学者6人で「自助グループのエスノグラフィー」というシンポジウムを主催した。ひきこもり、エイズ、アトピー性皮膚炎、摂食障害、発達障害、糖尿病のそれぞれにおける、自助グループの活動内容を紹介・比較しようとする試みである。 さてこのシンポジウムの中心テーマとなった自助グループであるが、社会科学者のKatz(1)によると、自助グループの爆発的な増加は、欧米では20世紀後半に起こった。なぜこの現象はこの時期に起こったのであろうか

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vol.9 「こんなのを理学療法士の仕事と 思われては困る」 「この研究がいったい何の役に立つのか」 ーー「病い」と「疾患」から読み解く本連載に対する批判

前々回の連載では理学療法士の加藤を紹介した。加藤の病院は寝たきりの高齢者が多いため加藤には、身体機能の回復ではなく、少しでも身体を動かし生活のリズムをつくることが主要目的となるオーダーが出されることもしばしばである。つまり加藤は理学療法としての専門知識を十二分に生かしがたい状況にあるのだ。 加藤はこの点について、むなしさを感じることがしばしばあると話す一方、徒手的療法のような手技療法だけがリハビリではないと話す。たとえば寝たきりの患者の場合、たとえ1時間であっても病室の外で

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vol.10 人間とは何か?ーー『役に立たない学問』に秘められた力

先日信号待ちをしていると、介護現場で働く院生に「医療人類学を受けてから、これ授業でやったなと思うことが増えました」と話しかけられた。医療人類学を受講したことで、現場で起こるさまざまな出来事に対するとらえ方が変わったのだという。 そういえばこのようなこともあった。ある飲み会の席で、現場で看護師十数名をまとめる院生が「よくわからない患者さんに対して、やさしい目で接することができるようになったんですよ」と話す(念のため言っておくが、彼女はもともと心優しい看護師である)。 私はこ

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vol.11 手術室の「けがれ」

現役の医療者と話していると、医療現場は驚きの宝庫ではないかと感じるときが多くある。しかもその驚きとは、最先端の科学技術に対してではなく、人間が古来からもっているだろう人間らしさが垣間見えることに対してである。 今回取り上げるのは医療現場の「けがれ」について。つまり、医療現場の清潔と不潔についてのお話である。 医師の美馬達哉は著書『リスク化される身体ーー現代医学と統治のテクノロジー』(2012年・青土社)の中で次のように記している。 近代医学の最先端である手術室だから、細

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vol.12 ルールは誰のためにある?

厳密なルールの数々前回、手術室の3分の2ルールを紹介した。簡単にまとめると、そのルールとは次のようなものである。 ・鉗子の上から3分の1は不潔。下から3分の2は清潔。 ・鉗子立ての外側と上3分の1は不潔、内側の下3分の2は清潔(1) 。 基本的に手術室における清潔と不潔は、滅菌されているか滅菌されていないかで、区別される。滅菌されているモノは清潔であり、滅菌されていないものは不潔である。そして、不潔なモノと清潔なモノを交じり合わせてはならず、清潔なモノが不潔なモノと少しで

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