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「知る」を極める

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文化人類学は200年以上にわたり、「知る」を極めようとしてきた学問です。このマガジンでは、そんな学問の背景をもとに「知る」ことについて考えてみます。 相手を「知る」ってどういう…
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#インタビュー

システムエンジニアの使う不思議な言葉

「一回殺してくれる?」 「あ、死んだ」 私は大学院で修士をとった後、派遣社員として2年間IT企業で働いていた。 その時に驚いたのが、現場のSEが頻繁に「死ぬ」とか「殺す」といった物騒な言葉を、涼しげな顔で現場で使うことである。 「殺す」とは、わかりやすくいうと、走っているプログラムを止めること。 「死ぬ」とは、プログラムが止まってしまったり、PCの電源が突然落ちてしまったりすることを言う。 それまで「再起動しよう」とか、「動かないねえ」とか、そういう言い方しかしな

「点」ではなくて「線」で聞く―誰もが表現したい世界の中で

 国語学者の斎藤孝さんが、著書『質問力―話し上手はここが違う』の中で、講演後の質問時間をだんだん設けなくなったことを述べている。  その理由は、質問のレベルがあまりに低く、齋藤さんだけでなく、聴衆もつらいと思ったから。  齋藤さんがいうレベルの低いとはどんな質問かというと― 1. すでに講演の中で話したことを再度聞いてくる 2. 言葉尻をとらえて上げ足を取ってくる 3. 質問の前に自分の知識と経験をひけらかす である。  確かに学会やシンポジウム、講義など、人

「縛った」とカルテに記録せよ(後編)

前半の記事で、病院施設での高齢者の身体抑制を廃止するきっかけの1つになった出来事が、「抑制をしたらカルテに『縛った』と記録せよ」という、院長の指示であったことを書いた。 私は拙著『医療者が語る答えなき世界』の1章で、高齢者の身体抑制を縛る側の医療者の観点から描いている。その執筆のために、高齢者の身体抑制を全国に先駆けて廃止した、当時の上川病院の婦長である田中とも江さんにインタビューを指せてもらったのだが、その時の田中さんの表情が私は今も忘れられない。 田中さんが、たくさん

「縛った」とカルテに記録せよ(前編)

1999年に出版された「縛らない看護」(医学書院)という本がある。これは全国に先駆けて高齢者の身体拘束を廃止した、上川病院の当時の院長である吉岡充さんと総婦長の田中とも江さんを中心に書かれた本である。 この本の中に、田中さんが書いたこんな一節がある。 “総婦長として私は「抑制をするなJといったが、スタッフは「はい,わかりましたJと素直に返答しながら、隠れて抑制していた。「抑制しないでケアなどできるはずがない」夜勤をするのは自分たちで、総婦長は理想論をいっているだけだJなど

私が偽善者になったとき―失語症の人々と言語聴覚士の美馬さんが気づかせてくれたこと

2016年の冬は、文化人類学者を志してから10年と少しが経過した時だった。 自分も少し人の話を聞くことが上手になってきたのでは、と思っている時期である。 でも私はまさにその時に、奥底にある偽善に満ちた自分にいやおうなく向き合うことになってしまった。 今回は、2015年6月に出版した『医療者が語る答えなき世界—いのちの守り人の人類学』(ちくま新書)の取材中のお話です。美馬さんは「共鳴—旅する言語聴覚士」に登場する言語聴覚士さんで、お名前は匿名です。 失語症?2016年の