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「知る」を極める

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文化人類学は200年以上にわたり、「知る」を極めようとしてきた学問です。このマガジンでは、そんな学問の背景をもとに「知る」ことについて考えてみます。 相手を「知る」ってどういう… もっと読む
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記事一覧

インド人に「ほんとうに恋愛なんか信じているの?」と真顔で言われた話

「ほんとうに恋愛なんか信じているの?!」 諭すような顔で私に聞いてきたアニータさんは、派遣社員をしていた時に出会ったインド人であった。 彼女は、インドのなんとかという大変有名な会社で働くSEで、日本に3週間ほど出向していた。 私は、いつもいる1階の<派遣社員&アルバイト部屋>から、たまたま4階に「出向」しており、そこで私たちはであった。 私は、ちょうど留学帰りだったこともあり、好奇心いっぱいで彼女に話しかけた。 彼女は、日本に全く馴染めずにいた。 もちろん語学の問

「あなたもきっと経験がある『当事者マウンティング』の暴力性と誘惑ー「わかっている」感覚ほど危ない?」の記事に対するご批判への回答

 私が8月29日に現代ビジネスに寄稿した記事は、思った以上の広がりをみせました。しかしその一方で、私がその中で使った「当事者マウンティング」という言葉が、マイノリティあるいは弱者の言葉を封じる危険な言葉であるというご批判とご心配が一部の方から寄せられました。  それについての著者からの説明をここでさせていただきます。 当事者の定義について   ご批判をくださったみなさまは、記事の中での「当事者」は、弱者あるいはマイノリティを指すと考えられたようです。一方私は記事において、

生産性の低い"人間の身体"

 杉田水脈議員が発したLGBTの生産性についての発言は、ボクシング連盟、東京医大の性別に基づく傾斜配点といった問題にかき消され、メディアを賑わすことはすでに少なくなっている。  しかし自民党の二階幹事長の「この程度の発言」といった言葉に見られるように、氏の発言を問題視する見方が政治権力を持つ人々に薄いことを踏まえると、今後も引き続き似たような問題は起こり続けるであろう。  したがってここでは、問題が落ち着いてきたことも踏まえ、「生産性」を取り巻く問題を、これまで議論されて

クリアファイルは右利き用

今日はなんと#左利きの日。 世の左利きの皆さんが、その不便さを思う存分発信していらっしゃるので、ぜひ私もそれに乗っかりたいと思います。 だって私も左利きだから。 左利きの難しさでよく言われるのは― ハサミ、レードル、きゅうす、字を書く、ひじがぶつかる など。 私も例外にもれず、このあたりの不便さは日々感じるんですが、「世の中はもっと右利き用にできている」ことを、ここで偉そうに発信したいと思います。 だって今日は左利きの日なんだから。 1.クリアファイル「クリア

システムエンジニアの使う不思議な言葉

「一回殺してくれる?」 「あ、死んだ」 私は大学院で修士をとった後、派遣社員として2年間IT企業で働いていた。 その時に驚いたのが、現場のSEが頻繁に「死ぬ」とか「殺す」といった物騒な言葉を、涼しげな顔で現場で使うことである。 「殺す」とは、わかりやすくいうと、走っているプログラムを止めること。 「死ぬ」とは、プログラムが止まってしまったり、PCの電源が突然落ちてしまったりすることを言う。 それまで「再起動しよう」とか、「動かないねえ」とか、そういう言い方しかしな

「点」ではなくて「線」で聞く―誰もが表現したい世界の中で

 国語学者の斎藤孝さんが、著書『質問力―話し上手はここが違う』の中で、講演後の質問時間をだんだん設けなくなったことを述べている。  その理由は、質問のレベルがあまりに低く、齋藤さんだけでなく、聴衆もつらいと思ったから。  齋藤さんがいうレベルの低いとはどんな質問かというと― 1. すでに講演の中で話したことを再度聞いてくる 2. 言葉尻をとらえて上げ足を取ってくる 3. 質問の前に自分の知識と経験をひけらかす である。  確かに学会やシンポジウム、講義など、人

「縛った」とカルテに記録せよ(後編)

前半の記事で、病院施設での高齢者の身体抑制を廃止するきっかけの1つになった出来事が、「抑制をしたらカルテに『縛った』と記録せよ」という、院長の指示であったことを書いた。 私は拙著『医療者が語る答えなき世界』の1章で、高齢者の身体抑制を縛る側の医療者の観点から描いている。その執筆のために、高齢者の身体抑制を全国に先駆けて廃止した、当時の上川病院の婦長である田中とも江さんにインタビューを指せてもらったのだが、その時の田中さんの表情が私は今も忘れられない。 田中さんが、たくさん

「縛った」とカルテに記録せよ(前編)

1999年に出版された「縛らない看護」(医学書院)という本がある。これは全国に先駆けて高齢者の身体拘束を廃止した、上川病院の当時の院長である吉岡充さんと総婦長の田中とも江さんを中心に書かれた本である。 この本の中に、田中さんが書いたこんな一節がある。 “総婦長として私は「抑制をするなJといったが、スタッフは「はい,わかりましたJと素直に返答しながら、隠れて抑制していた。「抑制しないでケアなどできるはずがない」夜勤をするのは自分たちで、総婦長は理想論をいっているだけだJなど

私が偽善者になったとき―失語症の人々と言語聴覚士の美馬さんが気づかせてくれたこと

2016年の冬は、文化人類学者を志してから10年と少しが経過した時だった。 自分も少し人の話を聞くことが上手になってきたのでは、と思っている時期である。 でも私はまさにその時に、奥底にある偽善に満ちた自分にいやおうなく向き合うことになってしまった。 今回は、2015年6月に出版した『医療者が語る答えなき世界—いのちの守り人の人類学』(ちくま新書)の取材中のお話です。美馬さんは「共鳴—旅する言語聴覚士」に登場する言語聴覚士さんで、お名前は匿名です。 失語症?2016年の

「社会人」になれなくても、そんなにがっかりしなくていい理由

社会人としての心得 社会人として身に付けるべきマナー 新社会人になるあなたへ— 「社会人」という言葉は、私たちの日常でふつうに使われる。経産省が作った、「社会人基礎力」なんて言葉もある。 でもよく考えてみると「社会人」とは不思議な言葉だ。いくつだろうと何をしていようと、みんなが社会の一員であるはずだ。 なのに「社会人」として認められる人と、認められない人がいるのである。 もちろんこうやって思い返せば、「誰もがみんな社会人」という言い方もできるだろう。 でも現

「辛くなったらこの箱を開けなさい」―先輩人類学者は後輩に何を託したのか?

オレゴン州立大学で私が文化人類学を学び始めたころ、スリリングなレクチャーで学生から大人気の教員、Dr. Snil Khannaが、こんな逸話を話してくれた。 フィールドワークに初めて出る院生に、既にフィールドワークを終えた友人・教員たちがひとつの箱を手渡した。 「フィールドワークが辛くて仕方なくなったらこの箱を開けなさい。でもそうなるまでは絶対に空けちゃだめだよ」 彼女は、もらった箱をスーツケースの底に大事にしまい、アメリカから遠く離れた異国の地に、フィールドワークに旅

枕の数を数えたら、人類学者に褒められた―<世界>は細部に宿るから

2008年の夏、ラオス。 「私たちが行った家には、枕が23個ありました」 夏季集中授業で、現地の文化を知るために、ラオスの農家を訪ねた学生のグループが、大真面目な顔でこう言った。 それを聞いた引率の西村正雄先生(文化人類学者)が、応じる。「それはいいところに目を付けた。そういうところが大事なんです!」。 手放しの絶賛である。 え......そこ? と人はふつう思うかもしれない。でも、文化人類学はまさに「そこ」を見る学問だ。 フィールドトリップのアシスタント