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十字架を磨く奴隷の群れに

十字架を磨くな
たとえばあなたのマニキュア
または君の薔薇の根のパイプ
あるいは振返って溜息の中にある脆いしあわせ

仰いだあなたの瞳を眠らせ
さらさらと降りかかる花びら あじさい
うつむいたあなたの白いうなじに
やさしく懸けられる首飾りの 利鎌とがま

くゆらす葉巻にむせる君のその細い眼を
霧の奥から招く紙幣の くさり
決意は君の白昼夢 その握りしめた拳の中で
汗ばんではえる目無しのダイス

新しいものは巧に牙を隠し
君たちの果敢ない賭に柔らかな手をさしのべ
官能と欲望の盲点に
いつしか仕掛け了せる青い爆雷

十字架を磨くな
今君たちが胸なでおろしたさりげないしなにあるミス
その安堵の闇 そのソファーの陥穽かんせい
さながら開けてゆく墓場への道程 ────

見ろ 君たちの後
足跡は蛾粉のように鈍く散り敷き
雨もよいの空の下に ただ
叩かれては消えてゆく奴隷のさだめ

胸を磨け そのくすんだ白
瞳を拭け そのくすんだ黒
朝からたそがれの歌がきこえてくる霧の断崖への道を
君よ 引返せ 若者の野へ にんげんのいのちの広場へ

     初出不明
     戦後詩人全集(1954年11月*書肆ユリイカ)
     【注】利鎌とがま=「とかま」ともいう。よく切れる鎌のこと。
        える=崩れる、こわれる等のこと。

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『戦後詩人全集』のために書き下ろした可能性が高い詩です。若者に贈る心からの歌声。

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