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夏のマドリガル

海に行けない なめくじ
陸を歩けない なまこ
空から落ちてきた鳥なんだ 僕
空に舞い立って行く虫なんだ 君
ひまわりのしべの丘のまだ青いころ
どこかで出会った記憶があるとしたら
それはきっと
僕が虫を食べようと狙った
あの梅雨あけの日だ

海に行けない なめくじ
陸を歩けない なまこ
つまり僕の弱った胃袋
汗ばんだ食欲
だのに僕は 殺したての水牛の肉
あの靴のハンバリのような堅い肉を
しきりと食べたくてならない

この町のせいだ
梅雨の雨の長すぎたせいだ

海に行けない なめくじ
陸を歩けない なまこ
つまりヨーグルトの中でふくらんだ町
恋の乳酸菌処理
スキャンダル

僕はなんにも食べていないのに
ホップのきいたビールで
喉の乾きをとめただけなのに
扇風機がまわって
あのひとたちをいらいらさせた
君は一枚のカレーで
疲れた眼をさまそうとしただけなのに
扇風機がまわって
あのひとたちをいらいらさせた

黄色い旗をあげて沖合に錨をおろしている
隔離船 僕達の恋
病原菌は一粒だって無いのに
港に入れない船
君がはねを合わせてアンテナにとまり
僕が羽を休めてマストにとまったばかりに
検疫船がつぎつぎと
うるさくつきまとう
その  小さな スポーティーなランチども
マスクの中に
黄色い歯をかくして
乗りこんでくる医者たち役人たち

空から落ちて来た鳥なんだ 僕
空に舞い立って行く蝶なんだ 君
僕が甲板に落ち
君が甲板から舞い立ち
潮風がその合間を縫って
僕たちの恋を伝えたとしても

陸で聞くのは海に行けないなめくじ
海で聞くのは陸を歩けないなまこ
別れの笛で始まったマドリガルが
出会いのひとときを永遠の青写真に灼きながら
別々の食欲でつながっていることなど
誰にもわからないんだ
ひまわりの黒い種子の落ちる秋まで

空から落ちて来た鳥なんだ 僕
空に舞い立っていく虫なんだ 君
けしの花びらのようにすきとおった恋が
僕たちのものなら
やがて
ひんやりとした博物館の
標本室の中
ピンでとめられた君と
剥製はくせいになった僕と
つめたいガラス越しに
つまらないエリートの札を眺め合って
ひっそり頷き合ったりすることだろう きっと

夏のマドリガル
夏のマドリガル
短夜の幻想の中でだけ
はげしい出会いの時を持った 君と 僕と

   (注)「ハンバリ」=半張り
   靴底の前半分にラバーを貼り補強することです。                      
      詩誌『駱駝』84号(1962年7月)
      詩集『降る星の歌』(1964年*扉の会)
      詩集『海がわたしをつつむ時』(1971年*鳳鳴出版)

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詩は初出の『駱駝』84号から部分的に改訂されています。上記は詩集『海がわたしをつつむとき』のバージョンです。


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