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白い墓場の見える五月に

男は眼帯をかけ 男は絵筆を走らせ
女はマスクで口を覆い 女は歌くちずさみ
男も 女も ネツカチーフで頬をつつみ
淡いきらりの首飾りには
四万なにがしの番号札がロケットのようにちよこなんと輝き
男も女も白いナイロンの服つけ
腰には大きなコルセット模様のもの穿
ゆらりゆらりと風に揺れ
遠眼にも見られる それらくらげの亡霊たち

絵かきの男たち 眼帯を外さず
歌うたう女たち マスクを外さず
笛ふけばゆらりのおどり
ゆらりの絵 ゆらりの歌
投げかわし 取りかわし
しかもなお眼帯を外さず マスクを外さず
立ち枯れてゆくのだ死んでゆくのだ
次々と ああ 次々と 白蠟のように溶けてゆくのだ
あやしい緑の丘の上
白いコルセットの墓墳はぐんぐんと数増し

ときおり過ぎる雨に濡れ
ときおり覗く陽に甘え
ねつとりの五月は蒸れてひろがり
白い血の水 小川へとそそぎ
投げ棄てられた帽子を浮べて
河へ海へとせせらいでゆくのだ

あの丘へむかうな太郎
あの丘へつづくな次郎
安子のリボンはあの丘の上では揺れぬ
和子の瞳もあの丘の上では君に語らぬ
見ろ 君たちのまわり
既に麦の穂はしつかりと天を支え
古びた松の黒いみどりのここかしこから萌え立ちそめた真昼の燭台 
 その絢爛けんらん
君たちの腕 君たちの意志 君たちの青春
言ってやれ 伝えてやれ 君たちの燭台をかざして
あの白い丘の墓場へと急ぐ友に
丘は低い あの白い丘は海よりも低い
あの丘に君の青春を埋めて何になるのだ と

     詩誌『駱駝』17号(1952年5月)


この詩は1952年という時代を意識するといいかもしれません。
4月には対日平和条約、日米安全保障条約が発効。砂糖が13年ぶりに自由販売。6月には麦の統制も廃止。夏には新素材ナイロンのブラウスが大流行など。上下左右から色んな風が吹いてくる時代にあって、若い世代に語りかけているようです。


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