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「正欲」(朝井リョウ 著)

「自分が想像できる "多様性" だけ礼賛して、秩序整えた気になって、そりゃ気持ちいいよな」ーーー。以前から本屋で目にして読みたいと思っていた本です。今週末に映画が公開されるということで、その前に読んでおくことにしました。

まずこの小説はいろんな警句にあふれていて、読んでいて油断することができません。登場人物たちが抱えている泥のようなものはあまりにも暗く、読者が安易に共感することをはっきりと拒否します。

この感じ、今年の夏にいった「あ、共感とかじゃなくて。」展と同じようなものを感じました。分かった気になって調子のいいこと言うなよ、そういうのが当事者をさらに傷つけるんだぞと。

小説は終始暗いトーンで続きますし、緊張感も終始高いままなのですが、なぜか読み進めていくうちに自分が少しずつ癒やされていくのが感じられます。この作品を貫く思想を血みどろになって体現していく登場人物たちに、罪悪感を感じながらも感情移入してしまう自分。当事者の苦しみなんか100分の1も分からないのに。もうわけが分からなくなります。

それまでどこにも出口がないと思われるような場所に閉じ込められていた二人が、何度かの勇気によってお互いの世界を融合させ、新たな光を発見していく過程は特に感動的です。個人的には、佳道が夏月に頼まれてセックスのまねごとをしながら、ドミノが倒れるように「人間」の不安に思いを馳せるシーンがいちばん胸にきました。三分の二を2回続けて選ぶ確率は九分の四とか、名言過ぎますよね。ちなみに私も覆いかぶさられるのが好きです。笑

「こういうことね」
「人間の重さって、安心するんだね」

正欲(朝井リョウ)

小説の展開としては、最終的に何も変わっていない現実を突きつけられることにはなるのですが、佳道と夏月との間で間接的に交わされる「いなくならないから」という言葉には本当に救われます。どんなものを持って生まれてきてしまっても、周りを取り囲む世界がどんなにひどいものであっても、人と人との根源的な結びつきは普遍なものなのかもしれない、と思わせてくれるからです。

文脈を変えながら繰り返し出てくる「繋がり」という言葉。多様性という言葉とともに安易に使われるあまり使い古されつつある言葉ですが、人間の存在を支えるほどの「繋がり」(それは恋愛で始まるとは限らない)を手にすることができるのなら、それ以外の一切は全く些細なものなのかもしれない、と思わされる作品でした。絶対映画みにいきます。

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