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犯罪を売る書店

 E氏は名の知れた悪党だった。歴も長いため、おいしい話も流れてくる。聞くところによると、どうやら犯罪を売る本屋があるらしい。異質な文字の組み合わせにそそられ、早速E氏は例の店に向かった。

「いらっしゃいませ」 

 店主らしき人物が愛想よく出迎えた。

「普通とは違った本屋だと聞いたのだが」

「さようでございます。こちらでは数多くの犯罪をそろえてあります。ただ、殺人といった金とは無関係な犯罪については扱っていません。ご了承ください」

「かまわんよ。なるべく血は見たくないのでね」

 E氏は呟きながら近くの本を手に取って軽く目を通した。表紙には「◯◇銀行」とあり、値札には60%と書かれている。

「なるほど。本には犯罪に必要な情報やら手口が載っているわけだ。◯◇銀行の従業員の人数、名簿、見取り図。第一週火曜は一部の金を別金庫に移し、その時間帯と金額は…。基本情報から機密情報までびっしりだ。本の値段は報酬の60%といったところか」

「大方はそうでございます。盗みをする日時、金額、段取りなどがマニュアル化されています。値札のパーセンテージは本の値段でもありますが、成功確率でもあります。つまりその本は報酬の60%を後払いすれば購入でき、犯罪の成功確率は60%ということになります」

「うまくできている。しかし、失敗するとどうなる?報酬なしでは支払いはできない」

「本を返却していただきます。その際に自らの失敗談や新たな情報を提供してもらいます。本はより一層分厚くなり、値札の%が上がったうえで再び店の棚に戻るというわけです」

「そういうしくみだったのか。店にとっても良いサイクルというわけだ。しかし、返却しようも、できない状態かもしれん。ほら、わかるだろ」

「刑務所にいようがどこだろうがその点はご安心ください。うまくやります」


 E氏は納得し、早速手に持っていた本を購入した。家で本を熟読し、計画を練った。本を頼りに実行すると全てがうまくいった。正確な情報と巧妙な手口から恐らく多くの犯罪者が犠牲になりこの本を作り上げてきたのだろう。見事金を盗み出したE氏は報酬の60%を店に支払った。手元に残るのは4割なわけだが、盗み出した金額が相当なため、不満はなかった。

 かくしてE氏は店に通い始めた。成功確率が高めのものを買い、小遣い稼ぎをした時期もあれば、五分五分で少し賭けに出る時も。一度20%の大型宝石店に手を出し、捕まりかけたこともある。

 
 書店に通うことで安定した収入を得ることができ、刺激が足りなくなったのか、E氏はあるものに目をつけた。棚の隅っこにあるそれは「100%」の値札がはられていた。

「この本は売り物なのかい?」

「もちろんです。しかし、あんなものは意味ありません。成功こそしますが、値札にある通り得た報酬は全て店のものになりますので。お客様に利益は一切ないかと」

「それもそうだ。今日もこの70%のものを買うとするよ」

 しかし、E氏は当然あの本を意識し出す。いったいどんな犯罪なのだろう。必ず成功するとなると小さい報酬なのだろうか。いや、大物でないとも言い切れない。中身が気になって仕方がない。

 そこでE氏は自分が犯罪者であることを思い出した。
「そうだ。いや実に簡単なこと。あの本を盗んじまえばいい。家でコピーでもとったのち、こっそり戻すとしよう」
 E氏は実行に移した。鮮やかな手つきで例の本を盗み出し、家まで持ち帰った。

 夢中になり本を読み進めると、E氏の顔は引きつり、声を上げて驚いた。
「なんてことだ。この本ふざけてやがる」

 するとタイミングよくインターホンが鳴った。ドアを開けるとそこには警察が。いや、警察の格好をしたあの書店の店主である。困惑するE氏に、店主は落ち着いた様子で説明を始める。

「値札にある通り、報酬であるこの本は回収させてもらう。そういう決まりなのでね」
 本には、まさに今、E氏が本を盗んだ手順や過程が事細かに書かれていた。ちょうど、E氏が本を盗むことを見透かしたように。

「書店の客は最後に全員、この本を盗んでいく。そして見事、発信機入りの本は、お前たち犯罪者の住所を我々警察に知らせてくれるわけだ」
 唖然とするE氏の顔にはまだ少し疑問がありそうだ。
「安心しろ。お前が盗みをした銀行やら宝石店はもちろん警察側。盗んだ金はもともと店が国に払う予定だった税金だ。もちろん、お前が使っちまった金はしっかり返してもらう。国に借金をしてまでな」
 E氏は納得し、満足げだが、依然として無口であり、既に涙目だ。

「お前ら犯罪者は、税金を徴収しに行ったということになる。おかげで脱税を防ぎ、犯罪者も減るというわけだ」

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