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ZIPCLOCK "ONE HALF AMAZING" - D.D.S THE SUKE 〈Review〉

これは逆境の中でも表現することを諦めず、挑み続けた或るラッパーの記録である。

未曾有のパンデミックで全人類にとって苦難の年となった2020年。それまでライブ活動やスタジオ製作を生業としてきた多くのアーティストは表現の場を失い、かつてない岐路に立たされた。
そんな適者生存の時代に産声をあげたプロジェクト、それがラッパーD.D.Sが考案した【ZIP CLOCK】だ。

D.D.Sが様々なゲストを招きビートを公募、ゲストと直接会うことなくそれぞれのホームから遠隔でのやりとりだけで曲を完成させるというのがこの【ZIP CLOCK】。そこに課せられたルールは三つ。
①誰しもが持てる機材を使うこと。
②フレッシュなビートとリリックで制作を行うこと。
③限られた時間内で選曲・レコーディング・アートワーク・MIXまで完成させること。

その制作過程はInstagramで生配信された。
この’’誰しもが持ちうる環境で音源を制作すること’’、そしてそれを’’生配信すること’’は若手アーティストに対して曲作りの指南になると同時に、短時間でこれ程の曲を生み出せるという最高のボースティングでもあった。

そんな【ZIP CLOCK】プロジェクトで制作された楽曲が、様々なブラッシュアップとBIGOによるミックス、I-DeAによるマスタリングを経て2部作のアルバムとして生まれ変わった。
その前編となるのが本作『ONE HALF AMAZING』。収録されているのは大幅なチューニングを加えられたBandcamp発表曲9曲と、未発表曲5曲の計14曲。2部作と言いながらボリューム的に、そして勿論内容面においても独立した1枚の作品として仕上げられている。

自分はBandcampで先行して楽曲を聴いていた分、一聴しただけでその楽曲の変化に驚かされた。ZIP CLOCKが持つ瞬間的な美学はそのままに、音の鳴りから全体のバランス・言葉一つに至るまで何もかもが研ぎ澄まされ、楽曲の奥行きが格段に増している。
勿論Bandcampのフレッシュさだったりザラついた質感にもまた違った魅力はあるが、楽曲としてのクオリティは最早別物と言ってよい程の進化を遂げた。渋い曲はより趣を増し、メロウな曲はより心地良く、ハードな曲はより勢いを増した。
本作のゲストとなるラッパーは地元沖縄から果ては海の向こうNew York、誰もが憧れるベテランからシーンを牽引する若手まで、その顔ぶれは多岐に渡る。
確かな実力と存在感を併せ持つMC'sが入れ替わり立ち替わり登場する様はゴジラvsシリーズさながら。これほど濃い客演陣を招いたアルバムは日本のHIP HOP史を振り返ってもそう多く無いはずだ。遠隔でのメイクとはいえこれ程の客演陣を集めるのはそう簡単な事では無い。D.D.Sがこれまで実力と共に培ってきた同業者達からの厚い信頼、それがこの作品からは垣間見ることができる。

そんな『ONE HALF AMAZING』では全編に渡ってあらゆる角度から、そして様々な方法で''今''が紡がれている。それも短時間でメイクし一瞬のひらめきを切り取るZIP CLOCKならではだろう。バラバラのタイミングで作られたとは思えないその一貫するストーリー性も本作の注目ポイントの一つだ。『ONE HALF AMAZING』は全編通して好きな曲ばかりなのだが、その中でも特に好きな楽曲をいくつかピックアップしていく。

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オープニングの#1を飾るのが主賓D.D.Sのソロ曲「EDIBLE MEANINGS」。これは言うなれば【ZIP CLOCK】のお品書き。映画的なイントロで始まるO.S.M.Fの怪しいビート上で本企画に集った猛者達をネームドロップし、その後本作の幕開けを告げる1verseをキックする。
その唯一無二のブルージーな濁声とグルーヴは聴くものの声をロックして離さない。客演やビートメーカー、DJに対する敬意が表れながらも「喰うか喰われるかの 二択なんだろ」と挑戦的なラインが飛び出す辺りにD.D.Sのラッパーとしての覚悟と自信を感じさせる。冒頭から期待感をMAXに上げる楽曲だ。

N.E.Nでの相方MULBEを招いた#3「LAST DAY」は本アルバムでも個人的なハイライト。
Bandcampの頃からかなりリピートしていた楽曲だが、音質的・内容的なブラッシュアップにより本物のクラシックへと変貌を遂げた。K.S.M.Nのドラマチックなビート上で歌われるのは貫き続ける一本気な姿勢。N.E.Nのダーティーで煙たい印象から打って変わって非常に堅気な楽曲。N.E.NのアルバムはD.D.SとMULBEの共作でありながらかなり個が立っている作品だったというのが個人的な印象だが、本楽曲は掛け合いのHOOKのコンビネーションが際立たっており、お馴染みの二人ながら何だか新鮮。

そこから続く#4、同郷のCHOUJIとの楽曲「ING」も個人的なフェイバリット。職人気質の二人から生み出されるイナたいブルースだ。どこかレトロな質感のあるRuff410のビートとCHOUJIの人情味溢れるラップがベストマッチ。耳に残る味わい深いHOOKはつい口ずさんでしまう。積み上げてきた者だからこそ歌える''今''は聴いていて背筋が伸びる。

#6のJBMの客演曲「SHUT」でサウンドは一気に地下深くへ。N.E.Nの楽曲「BUTCH」でも共演していたD.D.SとJBMだが、ファットな声のハードパンチャー二人が揃うと最高に凶悪で堪らない。ビートは土臭いブーンバップを得意とするIB PRODUCTION、勿論相性は最高。本当に怪獣映画を見ているかの様な迫力だ。

だが凶悪さという意味では#9のJASS THA JOINTZとの楽曲「WOOHA」も負けていない。
淡々と確実に言葉を耳に残していくJASSのスタイルと、ハスキーで抑揚のあるD.D.Sのスタイルの食い合わせが抜群に良い。そんな二人の掛け合いと都会的でメランコリックなRuff410のビートが重なりサウンドに煙たさが一気に充満する。''これだよ、こういうのが聴きたかったんだ''とつい唸ってしまう完熟したハードコアヒップホップ。ヘヴィな楽曲が並ぶ本アルバムの中でも一番爆音が似合う楽曲だろう。

アルバムは途中でアンダーグラウンドからメロウな方向へ一気に舵を切るが、その中でもSNEEEZEとの#12「SQUEEZE MY LIFE」が印象的。対照的な声を持つ二人の、ミルクとコーヒーのような絶妙な溶け合い加減がとても良い。TOKYO BEAT SOCIETYのエモーショナルなビート上で歌うSNEEEZEのHOOK職人っぷりは本楽曲でも健在。キャッチーでありながらも、綺麗事だけでは収まらない''今を生きること''が込められたリリックが胸を打つ名曲だ。

そして本アルバムのラストを飾るCHICO CARLITODJ IZOH客演曲「VIBEN」は初期衝動に溢れた一曲。振り返るルーツから繋がる''今''を熱くスピットする二人の言葉につい気持ちが熱くなる。煌びやかで疾走感あるK.S.M.NのビートはCHICO CARLITOと相性抜群で彼の独壇場かと思いきや、負けじとD.D.Sの技巧と熱量の合わさったラップがバチっとハマり追随する。お互いがお互いを高め合う客演の理想系のような楽曲だ。この曲のD.D.Sの愛に満ちたラストヴァースは個人的に本アルバムの中でも1、2を争うほどに好きな箇所。ラストを飾るに相応しい一節となっているので是非そこにも注目して欲しい。

こうしてルーツを振り返る「VIBEN」でアルバム『ONE HALF AMAZING』は幕を閉じる。
沢山の''今''を紡ぎながら最後は初期衝動で終えるという粋な演出だが、本作には聴く順番を変えると印象がガラッと変わるというギミックも隠されている。順番を変えるだけで追憶ははじまりに、イントロデュースはエンドロールに姿を変えたりと一度で二度美味しい。

そんなあの手この手で聴き手を楽しませてくれる『ONE HALF AMAZING』。
間違っても既存曲のMIXや企画モノの作品と侮ってはいけない。その圧巻の完成度にはじめて楽曲を聴く人は勿論、Bandcampから楽曲を聴いていたサポーターもきっと感動を覚えるはずだ。個人的な楽しみ方だが、Bandcampの時と比べて音の違いはどうか、リリックはどう変わっているかなんて聴き比べてみるのも面白かった。

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本作はD.D.S主導のレーベル’’Sugar Kane Recordings’’の幕開けとなる作品だが、その第一歩に相応しい素晴らしき完成度だ。本作に込められているのは決して音と言葉だけじゃない。そこにあるのは時代の変化に適応しながらも、貫き続けたHIP HOP表現者としてのアティチュードだ。これを格好良いと言わずして何と言う。

『ONE HALF AMAZING』のタイトル通り、本作は聴き手に多くの驚きを与えてくれる。きっと自分にとっても今後長い付き合いになるアルバムだろう。この作品が多くの人の耳に届き、現行HIP HOPシーンのグラウンド・ゼロになることを願って止まない。
心からそう思える作品だった。

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ZIPCLOCK”ONE HALF AMAZING"
レーベル名:Sugar Kane Recordings
発売日 : 2021.4.21

1.EDIBLE MEANINGS  Lyrics D.D.S THE SUKE(Prod by. O.S.M.F)
2.GAP Feat.智大 (Prod by. Ruff410)
3.LAST DAY Feat.MULBE (Prod by. K.S.M.N)
4.ING Feat.CHOUJI (Prod by. Ruff410)
5.ESCAPE Feat.CALLY WALTER from DLiP RECORDS(Prod by Bontch Swinga)
6.SHUT Feat.JBM(Prod by. IB PRODUCTION)
7.DIRTY VALLEY Feat.S-Kaine (Prod by. 共進ランドリー)
8.UNTITLED BUSINESS Feat.RAWAXXX (Prod by. Ruff410)
9.WOOHA Feat.JASS THA JOINTZ (Prod by. Ruff410)
10.RATHER GO UP Feat.MICHINO (Prod by. Cedar LAW$)
11.MASAYUME Feat.PONEY (Prod by. Cedar LAW$)
12.SQUEEZE MY LIFE Feat.SNEEEZE (Prod by. TOKYO BEAT SOCIETY)
13.INFERNO REMIX Feat.CIMA,KING KG,MITCHANG,TRASH (Prod by. K.S.M.N)
14.VIBEN' Feat.Chico Carlito (Prod by. K.S.M.N)
Scratch by the DMC WORLD CHAMPION DJ IZOH


最後まで読んで頂きありがとうございます。