見出し画像

i'll / BUPPON - 名盤紹介

その言葉を聴くだけで映像が瞼に浮かぶ、そんなラッパーが好きだ。
とりわけこのBUPPONというラッパーは、情景を切り取って言葉に落とし込むのが上手い。その点においては日本一だと個人的には思う。
パーソナルな抒情詩は決して多勢に向けた言葉ではないはずだが、リアリズムかつドラマチックで詩情豊かな描写の巧さは多くの人の胸に突き刺さる。自分がその一人だ。
勿論その経験に裏打ちされたラップスキルも確かなもので、ブルージーな声と正確に言葉を聴き取れるフローはその詩が持つ奥行きを余す事無く発揮する。まぁ要は最高のラッパーなのだ。

そんなBUPPONが今年、カセットEP"Cross talk"、アルバム"enDroll"に続き、New EPの"i'll"を発表した。illと見せかけてi'll。
正直今までの制作スピードからは考えられないリリースペースだ。一ファンとしてはありがたい限りである。

画像1

ill/BUPPON
1.i'll
2.u don't know shit
3.walk in my shoes feat.Kojoe
4.error
5.babylon no oke
6.where I come from
7.over
8.unchanged
9.Awaken rmx
10.Moonwalk rmx
11.Time 2 Quit rmx

新曲8曲、Remix3曲という構成。
beatとmixはもはや相方のような存在となってきたKojoe。先般発表していたJoe's Chicken n Wafflesで、改めてビートメーカーとしての能力の高さを感じたが、今作でもその実力を遺憾無く発揮している。
(というかラッパー・シンガー・ビートメーカー・プロデューサーと何でも出来て全部レベル高いってなんだ、化け物か)
enDrollが既存の枠と違う新たな一面を見せる作風だったのに対し、本作は蓄積タイムラグから続くスタイルをより深く掘り下げるような内容だ。
enDrollからi'llってタイトルの流れも良い。終幕からのこれからという事だろうか。
曲のタイトルは全て英語で、新曲は全て小文字表記となっている。小文字でenDrollからの続きという事を表しているのかな、なんて事を考えたり。

***************************************

i'll
今EPの表題曲。
哀愁の漂うピアノが印象的なビート。
内省的な内容故にこの曲が持つ真意は分からないが、鬱蒼とした情景を浮かばせる描写は流石。
随所にあるのは母と子の関係を想像させるライン。enDrollの"is ur love"で父との関係性を歌っていたが、この曲もそういう曲なのだろうか。
哀切な音に乗る孤独感と苦悩を孕む言葉。
ただこの曲にあるのは負の感情だけではない。

"昨日の大雨が嘘のように晴れ/帰り道の切符持たすまで"

暗雲の合間に光が刺すように希望のある言葉でverseは幕を閉じる。少しずつ明るく、暖かくなっていく事を予期させて聴き終わった後に心地良い余韻を残す。
先を見据えて過去を歌う、だからタイトルはi'llなのかもしれない。

u don't know shit
「アイツは変わった、昔の方が良かった」という二人組の噂話を制す様に始まるラップ。
エッジの効いたスタイルは依然変わらず。
変わる事は悪なのか。そもそも変わらない事などあるのだろうか。
主観だがBUPPONを見ていると主義主張は一貫している一方で、フローは色々なアプローチで柔軟に変わり続けているように感じる。一節を借りると、それは変化じゃなく進化だ。
スタンスさえ変わらなければそれで良いし、それが良い。

walk in my shoes feat.Kojoe
自分らしく、という意味のタイトル。
休日感のある爽やかなミドルチューンで聴いていて気持ちが良い。
全体的に重い内容のEPで、チルなムードのこの曲がかなり良いバランサーとなっている。
Kojoeのスムースなラップに始まり、走り抜ける様にHook→BUPPON→Hookへと繋がっていく。良い意味で軽く聴ける曲。
オマケ的に収録されているKojoeとBUPPONの仲良さげな様子も聴いていて微笑ましい。

error
ダウナーなトラックに詰められた言葉とライミングが個人的に好きな一曲だが内容は難解。
というか正直なところ全く分からない。
過去からフィロソフィー(哲学)というリリックがたまに出てくるが、この曲も哲学的な話なのか、はたまた何かの暗喩か。
意味は理解し得ないが曲としての格好良さは確か。特にラスト8小節がド渋。

babylon no oke
インスト曲。
タイトルは久石譲の"バビロンの丘"から。okeはオーケストラ?
聴いてすぐ分かる通りあの名作映画からのサンプリング。
映画の作風とは真逆のファミコンlikeなシンセ音から始まり、徐々に音が重なって厚みを増していく。合間に挟まれる名言たちも相まって終盤に向けての盛り上がりは映画さながら。
元ネタの良さもあってだが、かなり好き。

where I come from
これだよこれ。
これがBUPPON。これがHIP HOP。
前提やON FIREを彷彿とさせるキラー(本当の意味の)チューン。
同業者からの評価が非常に高い理由がここにある。言ってる事が兎角間違いないのだ。
そして放つ言葉に説得力を持たせる確固たる実力。言葉のセンスやスキルだけじゃ無い、ライブパフォーマンスや音楽に対する姿勢、諸々の話。
一度この人のライブを見て欲しい。きっと背筋がピンと伸びて得るものがある筈。

"一言添えねえと完成しねえような
曲を作ってるつもりはねえ"

ハイその通り最高!!!!!!!!!!

over
今作のハイライト。
屈指のリリシストによる情緒的なストーリーテリング。亡くなった友人を歌った曲。
短いながら胸を刺すラインが幾つもある。
1verseでは過去、2verseでは今を歌う。

"何よりも悲しい結末は
まるでこれが無かった事のようになる事"
"幸せな事にまだ夜は続いてる
だからもう行く 皆んなが待ってる" 

その誰かが確かにそこにいた事実はこの曲を通して生き続ける。
過去に縛られず、だけど忘れず生きて行く。後悔も悲しみも歌にして。

"One of these old days.
It'll all be over."

元ネタの"It'll all be over"は、"いつか全てが終わる/だからもう泣かなくても良い"と繰り返す切なげなソウルナンバー。
その歌詞がoverのリリックとも連動して涙を誘う。良い曲だ。

◆unchanged
インスト曲。
一時終幕を告げるメロディアスなトラック。
EPとしては#1〜8がメインで#9〜11はボーナストラックのようなイメージ。
ここから滑らかにRemixへと繋がっていく。

Awaken /Moonwalk/Time 2 Quit Remix
今年発表したenDrollから、選りすぐりのKojoe Remix。
それそれ別角度からのアプローチで、原曲と全く違う良さがあるのだが、特筆すべきはTime 2 Quit
enDrollでも一番のお気に入りの曲がここでも光る。KojoeがHookを完全に作り替え、全く別の名曲が誕生した。
Remixというと、ついどうしても原曲と比較してしまうがここまで違うと聴き比べも楽しい。
どちらが良い、じゃない。どちらも良いんだ。

***************************************

今作は配信は無く、iLL Scottでの流通オンリー。
個人的に限定流通は特別感があって大賛成なのだが(配信を否定してる訳じゃない)、それが名盤だったりすると"こんなに良い盤が聴かれてないんだ!"となってしまう。ジレンマだ。
何が言いたいかというと、自信を持ってお勧め出来る名盤なので、是非聴いて欲しいという事。
それだけ。


最後まで読んで頂きありがとうございます。