国から支給されたもの
噂には聞いていたけれど、まさか本当に届くとは思っていなかった。あれは多分、先週の火曜日だ。息子の学校が休校になってから曜日の感覚がなくなって、ゴミの収集日も時折忘れてしまうくらいだったのであまり自信はない。玄関のチャイムに応答してモニターを見ると、いつもの制服を着た宅配便の青年だった。
「そこに置いておいてください。ありがとう」と、けれどもその日はそれで済まなかった。
「今回は直接手渡しするように指示されてるんで」
「これ、例の…」
恐る恐る訊ねると、そうだと言う。
「受け取り拒否はできないの」と、一応訊いてもみたのだが、
「出来るみたいですけど、政府はもう五千万世帯分を手配しちゃってるみたいなんで、返されると処分するらしいっす」
「処分って」
そんなふうに言われたら受け取るしかない。政府が世帯単位で送り付けた一辺が三十センチくらいのダンボール箱のなかに、それは入っていた。息子は大喜びだったけれど、私は正直困惑している。仕事をしながら、ひとりで息子を育てるのがやっとなのだ。
「大丈夫だよ、僕がちゃんとやるから」
息子の気持ちは嬉しかった。でも、その言葉を信じるわけにはいかない。以前にも同じようなことがあった。どうせ最初だけなのだ。そうではないにしても、まだ六歳になったばかりの子供に全てできるわけはない。
「どうしよう、あたし、国に殺されちゃう」と、その日のうちに友達が電話をかけてきて言った。「アレルギーなのよ」
同情を禁じ得ないが、用件は想像がついた。幸か不幸か、私も息子もアレルギーはない。
「ねぇ、お願い。引き取っていただけないかしら」
彼女には離婚のことで随分相談にのってもらった。無碍には断りずらかったので、話の矛先を政府に向ける。
「軟禁状態の人たちを癒そうっていうのは分かるけれど、そういう人もいるって想像できなかったのかしらね」
「いかにも役人の考えそうなことよ。安易過ぎるわ」
けれどいくら批判したところで、それはもう手元に、確固とした存在としてここにいる。今更ながらに、二年前の総選挙で投票しなかったことを激しく後悔した。
結局、二日後には彼女からの宅配便が届いてしまう。
「フェルナンドに友達ができたね」と、息子はまた嬉しそうに言った。フェルナンドというのは英会話教室を兼ねた学童保育で知り合ったオランダ人で、会えなくなって寂しいからとそれに彼の名前をつけたのだ。
「そうね、じゃあ名前はどうする。他に会いたいお友達はいないの」
息子は文字通り首を傾げ、しばらく真剣に考えてから、
「パパ!」と、宣った。
返す言葉がなかった。しかしよくよく考えてみると、ヘミングウェイもそう呼ばれていたのだし、パパでもいいかもしれない。動揺を隠して私は答えた。
「じゃあパパにしなさい」
息子は今のところ、自分の言葉に責任をもっている。妹が欲しいとねだられたことがあって、その代わりなのかもしれない。教えられたとおりに世話をして、しつこいくらいに可愛がっている。なるほど悪いことばかりではなかった。息子がフェルナンドとパパに構っている間、私は仕事に集中できる。ひとりでは決して眠れなかったのに、彼らと一緒なら寂しくないようだ。さっきまでベッドの上で戯れていたが、今はもう静かに寝息をたてている。今回のことで、息子は息子なりに成長し、逞しくなった。でも、だからといって、これ以上増えるのは御免だ。
「あなた、子供のころ好きだったでしょう」
今週に入ってすぐ田舎の母からも電話があったが、丁重にお断りをする。
「冷たいわねぇ」と母は不満そうだったが仕方ない。
母にはまだ離婚したことを知らせていなかった。その罪悪感が早々に電話を切ることを躊躇わせた。
「そういえば植物園のクジャクが増え過ぎて困ったことあったでしょう。あれ、どうなったんだっけ」
「さぁ、駆除したんじゃなかったかしら」
人間は勝手だ。
テレビのニュースでは、それの餌が足りずに買い占め騒動が起こっているという。案の定、アレルギーや衛生面での問題も表面化し始めた。隣にきたやつの方が可愛らしいとご近所トラブルに発展したケースもあるとか。
眠っている息子の布団を直してやる。肩のあたりに丸くなっているのはフェルナンド、パパは布団のなかに潜り込んでいるようだ。明日は流石にもう何とか餌を手にいれなくてはならないけれど、とりあえずまだ、ここには穏やかな平和が満ちている。私はパソコンの電源を落としてシャワーを浴びる。
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