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十連祈闘!ソーシャルマスターG #パルプアドベントカレンダー2023

 

 総下そさげ県、玩茶がちゃ市、博司ばくし町……どんな底辺SNSよりも治安が悪いこの街には、今まさに、ソーシャルゲームによるカースト制度が蔓延していた!

「おいガキ! アイキンやってんの? ちょっとアカウント見せてみろよ」

「や、やめてよ……あっ」

 町の路上で、ソシャゲチンピラたちが子どもから携帯端末を取り上げた。道行く人々は見て見ぬふりで通り過ぎていく。巻き込まれたくないからだ。

「おいおい……せっかくミギリちゃん持ってんのに全然育ってねぇじゃん。しかも相性のいいヒダリン引いてないなんて、お前なに考えてゲームしてんだよ。プロデュース舐めてんの?」

「うぅ……最近始めたばかりなんだよ」

 子どもが泣きだすさまを見て、チンピラがゲラゲラ笑った。

「安心しろよ! こんなアカウントでも、県外の奴には高く売れるからよ! 俺がこの端末買い取ってやるよ。高値でな!」

 チンピラはモヒカンから500円硬貨を取り出し、子どもに投げつけた。子どもはますます涙を流した。

「返して、返してよぉ……携帯端末がないとママに電話できないじゃんかよぉ!」

「電話……電話だって? 覚えときな。携帯ってのは今時ゲームする道具なんだよ!」

「ギャハハハハッ!!」

 子どもの鳴き声をかき消すように、チンピラたちはおぞましい笑い声をあげた。この邪悪の化身は、被害者の少年と同じ人間なのだろうか? 果たして、哀れな少年を助けるものはいないのか……?


「ン、なんだテメェ」

「っ!?」

 その時だ。少年の背後から、一人の男が現れた。全身をマントで覆った男性で、その表情はゴーグルとマスクにより伺い知れない。なにより全身2メートル以上はあろうかという巨漢である、チンピラたちは己との体格差に怯んだ。

「その子の端末を返してやれ」

 ゴーグルの男が威圧的な声で言った。チンピラたちは勢いを失い、もごもごと言葉を探していた。だが、彼らの後ろから突き刺すような返事があった。

「悪いが返してやるわけにはいかねぇ。この街の端末はすべて俺様のもんだ」

 チンピラたちはハッとなって振り返り……声の主に対し深々とお辞儀をした。

「「「引替ひきがえさん! お疲れ様です!!」」」

「おうテメェら。雁首揃えてガキのおもちゃ一つ揺すれねえのか。後でたっぷりチュートリアルしなおしてやるよ」

「「「………………シャス」」」

 引替……そう呼ばれた男がゴーグル男の前に出た。この街に巣食う多くのソシャゲギャングたち……その中でも一際巨大な勢力を誇る引替グループ。彼こそがその主、引替 月楠ひきがえ げつなである。

「……おまえ、十連士だな。ニオイで分かる」

 引替の言葉に、ゴーグルの男は無言でマントを広げた。こげ茶色のマントの中には……無数のプリペイドカード!

「お、お兄ちゃん。本当に十連士なの……!?」

 少年は驚愕と憧憬が混じった声をあげた。十連士……10連ガチャの引き結果を競い合う、恐るべき勝負師の呼び名である。

「やっぱりな。なかなかの十連力を持っているようだ……俺様ほどじゃねぇがな」

 引替がニヤリと笑った。彼の言葉には裏打ちがある。若者時代、10のギャング間との抗争をガチャ結果一つで終わらせたことで、引替は博司ギャング界の英雄になった過去がある。そして今なお、引替は十連の対決で負けたことがなかった。

「貴様も十連士だというなら、俺の挑戦を拒みはするまいな」

「ほう! 俺様に勝負を挑むというのか」

 ゴーグル男が己の端末を取り出した。あらゆる環境でもガチャを引ける、軍用ケース入りの携帯端末だ!

「もし貴様が勝てばこの端末をくれてやろう。プリペイドカードもだ。その代わり、俺が勝てば貴様がこれまで強奪してきた端末をすべて持ち主に返してもらう」

「クック……上等じゃねえか。だが、それほどの重大な決闘をたった10連1回で決めるのはつまらん。どうだ、この俺と十連祈闘しねえか?」

「じゅ、十連祈闘……?」

 今度はチンピラたちがざわめき始めた。

「引替の兄貴が十連祈祷を……」

「また伝説が見れるってのか!?」

「おい、仲間呼んでこい! 祭りだ祭り!」

 異様な熱気がチンピラ全体に……否。街全体に広がっていく。いつの間にか交通人たちは足を止め、見咎められない範囲で喧騒の様子を伺い始め……更にはふだんは怯えて出てこないような町人までもが見物に現れ始めたのだ。

「いいだろう。十連祈闘を受けよう」

 ゴーグルの男がマントをはためかせた。決戦の火ぶたが切られた……!




第1戦


 十連祈闘! それはソシャゲ黎明期から伝わる十連士たちによる正統決闘作法である。プレイヤーたちは初めに5つのゲームを選ぶ。その後それぞれのゲームにつき、課金をして10連を引き、その結果の良し悪しを競い合う……いわば、これはソシャゲガチャ5番勝負である。

 大交差点の中央に即興のテーブルが用意され、十連士たちが卓につく。手持ちの携帯端末にケーブルが装着されると、別々の街頭モニタ上にそれぞれの画面が表示された。これにより大多数の人間が勝負を目撃できる……年に数度あるかないかのイベントだが、今回も例に漏れず、町人のほとんどが目撃に訪れていた。

 1戦目。歴史ある勝負の最初に選ばれたゲームは――

「あぁっ! アイキンだ!」

 ゲームタイトルがモニタに表示される。アイドルキングダム……通称アイキン。全人類がドルオタとなった架空の世界で、プロデューサー兼摂政である主人公が、自分だけの皇帝アイドルを擁立し育成していく。少年も先ほどまでプレイしていたほどにメジャーなアイドル育成ゲームだ。

「クックック……おまえ、担当は?」

「クリス・ミス・トナカイだ」

「いい趣味してやがるぜ」

 道路の中心に即興で用意されたテーブルに両者が座り込む。この街の住人は車を売り払った者が大半のため、車道に堂々と設置できるのだ。

 両者ともに課金を終え、ガチャ画面に遷移する。『期間限定! ミラクル聖夜ガチャ』……その10連ボタンに手をかける。

「いくぜ……」

「……!」

「「十連祈闘!」」

 掛け声とともにボタンを押す。いくつかの文字列と共に渡された封筒は……互いに紫封筒! 最高レアリティ(SSR)キャラがかなりの確率で含まれる演出だ。そして……!

「来たぜ……! SSRアラト! そしてSSRシャコ[サンタ]ァァ!」

「俺の番だ。SSR……鶴川イサゴ。SSR……乃木坂ハザマ!」

 互いにSSR二人抜き……観客たちが沸き上がる!

「ウォォーッ! どっちもすげぇ!」

「同じ最高レア数……どっちが勝ったんだ?」

 注目の中、引替が呟いた。

「…………やるじゃねぇか。俺の負けだ」

 一瞬の沈黙。そしてそれを上回る歓声が沸き起こった。

「すげぇ! あいつ引替に勝ちやがった!」

「馬鹿野郎。兄貴がこれくらいで負けるもんか」

「でもなんでゴーグルお兄さんが勝ったの? ヒキガエはサンタキャラ引いてるよ」

 少年が素朴な疑問をこぼす。ちょうど傍にいたモヒカンが答えた。

「伊勢原シャコは去年のピックアップキャラで、しかも今年は例年と違って復刻機会が挟まったからそれほど希少度がないんだ。一方の乃木坂ハザマはピックアップ対象外、しかも限定キャラを食うくらいに性能が高いんだよ」

「すごい、サンタってだけじゃ駄目なんだね」

 10連勝負の奥深さに少年は感心した。第1戦の勝者はゴーグルの男であった。


第2戦


 第二戦のゲームは『タンク・コレクション』。世界中の戦車が擬人化されたゲームだ。

「うわっ! 恥ずかしい格好のお姉ちゃんがいっぱいだよ」

 少年は思わずモニタから目を背けた。このゲームはプラットフォームの都合上18歳以上が対象となっており、それゆえに過激な服装のキャラクターが多い。その露出のほどは、チンピラたちも直視できないほどだ。だが、対面する両者は平然とガチャ画面を開いていた。彼らは幾千の戦場を駆け抜けた十連士であり、痴女に耐性があるのだ。

「「十連祈闘!」」

 両者のガチャ画面共に、虹色のカード最高レアリティ(ハイグレードレア)はない……だが、早々最高レアリティが出るわけがない。そして、たとえ出目が振るわなくても、より高い成果を上げた方が勝者となるのだ……!

「SR・T-34、SR・チャレンジャー2」

「SR・オントス。SR・74式……SR・ノイバウファールツォイク!」

 SR2両のゴーグルに対し、引替は三両! 数の差で上回っている。更にSRの中でもノイバウファールツォイクは希少性が高く設定されている。よって引替の勝利は明らかであった!

「ぐおっ!」

 ゴーグルの男がまるで大砲に撃たれたかのように腹部を抑え、うずくまった。当然だが外傷はない。十連対決に負けたショックが幻痛を引き起こしたのだ。

「クック……ここで降参しておくか?」

 引替の挑発に対し、ゴーグルの男は、何事もなかったかのように立ち上がった。

「三戦目にいくぞ」



第3戦


 第三戦のゲームは……『デモンズクラウン』。魔王である主人公が配下の魔物をスカウトし、人間界に戦いを挑むダークファンタジーだ。

「僕、このゲーム知らないや……」

 少年はモニタに表示されたゲームに心当たりがなかった。十連祈闘の題材となるゲームは両者がプレイしているものから厳選な抽選を経て選ばれる。よって、中にはマイナータイトルが選出されることも珍しくはないのだ。

「デモクラ最大の特徴は、キャラクターにレアリティが設定されてないんだよ。どのキャラクターも同じポテンシャルがあると謳っているし、実際多様性が担保されている。かなり戦略的なゲームだ」

 モヒカンが解説した。

「スゴイや! でも、レアリティがなかったらどうやって引きの良さを判定するの?」

「良い質問だね坊や。こういうゲームの場合、有志WikiのTier表を参照するんだよ」

 一新された椅子に十連士たちが座る。彼らの張り詰めたオーラは、デモクラの題材のような悪魔にも等しい印象をもたらしていた。観客たちは、固唾を呑んで両者のガチャを見守っていた。

「「十連祈闘……!」」

 両者のガチャ画面が街頭モニタに現れる。アイテムに交じって、キャラクターのアイコンが互いの画面を彩っていく。その数は……またも互角!

「ひっ、ヒィィ……! きゃ、キャラクター5体……それもふたりとも」

 チンピラの一人が情けない声をあげた。しかし、当然のことである。いくら排出率が上がるといっても、ここまで多く出すことは稀なのだ!

「俺の当てたキャラクターは……雷インプ、影の武闘家、デスワーム、薔薇の騎士……そしてブラックドラゴン! クック、レアキャラだ!」

 引替が大笑いした。その様子に、少年は疑問を抱いた。

「レアリティ差はないのに、レアがあるの?」

「ああ……ブラックドラゴンは通常のガチャでは排出されない限定キャラなんだ」

 すぐさまモヒカンが解説を挟んだ。

「……俺の魔物たちは……鎖ゴブリン、喰らう目玉、掃射兎、顔なし、癒しの天秤……」

「癒しの天秤もレアキャラだ!」

 観客たちの間にどよめきが走った。互いにレアキャラ1体ずつの合計5体。果たしてどちらが勝つのか……考察が始まろうとしたその時、傷ゴーグル男の画面に変化が起きた。最後のアイテムが発光を始めたのだ。

「な、何が起きてるの?」

 少年の問いかけと同時に……引替が立ち上がった!

「バカな……昇格演出だと!?」

 大魔王のシルエットが画面に現れると、アイテムがキャラクターに変化したのだ! 現れたキャラクターは白氷の魔女……レアキャラクターだ!

「くっ……グワアアーッ!」

 引替は姿勢を崩し、頭から地面に倒れた。敗北のショックにより、一時的に平衡感覚を失ったのだ。だが、引替は痛みに怯むことなく立ち上がり、怒りの形相で敵を睨んだ。

 引替1勝、ゴーグルの男2勝。次の勝負でゴーグルが勝てば、3勝となりその時点で勝負が決まる。緊張に張り詰めた空気のまま、第三戦が終わった……。


第4戦


 第四戦。選ばれたゲームは『ヴァリバブル・サーガ Cyber Colosseum』。世界的カードゲームをそのまま電子化したDCG(デジタルカードゲーム)だ。

「ヴァリサガCCだ! 僕もやってるよ」

 久しぶりに知っているゲームが出てきて、少年が笑みを浮かべた。彼は無課金プレイヤーだが、それでもかなり遊べている。対戦カードゲームなのでデッキを構築する必要があるが、汎用カードの多くはデフォルトで使用できる。さらにガチャの仕組みがカードパック形式を取っており、特定の戦術やカテゴリーのカードを集中して集めることができるのだ。

「条件を揃えるため、同じカードパックを選ぶわけだが……最新弾の『空鬼くうきの空襲』パックにしよう」

「異論はない」

 二人が選んだのは、黒くおそろしい化物が描かれたパックである。『10パック購入』のボタンを押下し……

「「十連祈闘!」」

 同時に購入するボタンを押下した! パックが開かれ、中のカード10枚が並べられる。二人の画面共に、虹色のカード……最高(レジェンド)レアのカード1枚ずつ!

「今度は同じ数の最高レアだ!」

「だとすれば引いたカードの質次第でガチャ結果が決まる……!」

  観客たちが注目するなか、カードが1枚1枚開示されていく。

「……俺のカードは《空鬼の夜王》だ」

「こっちは……クックッ、《空鬼の召喚》!」

 お互いのカードが黄金の輝きと共に明かされた!

「これは……どちらもピックアップ対象のレジェンドレアだ!果たしてこれは……どっちの引きが強いんだ!?」

 モヒカンの困惑の声に、観客たちは一斉に手元の端末で評価を調べ始める。だがどのWikiにも両者ともに「評価:S」としか書かれておらず、具体的な評価基準がどこにもないのであった。判定はどうなるのか……不安と共に見守られる中……ゴーグル男が倒れた。

「おおっと! このリアクションという事は……勝者は引替さんだ! でも、何故……?」

 モヒカンの疑問に、引替が答えた。

「どちらも【空鬼】デッキを組むには必須級のカードだが……コストの重いフィニッシャー級の《夜王》は1~2枚あれば十分! 一方で俺の引いた《空鬼の召喚》はデッキの潤滑油で4枚フル投入が目標とされる。つまり4枚引く必要のある《召喚》の方が価値が高くなるのさ」

 ウォォーッ! 観客たちが沸いた。これで引替とゴーグルの勝利数は共に2。最後の第5戦に勝負は持ち込まれた。

「おいおい、フラフラじゃねえか。棄権しておくか?」

 ゴーグル男はふらつきながらも立ち上がった。マスクが落ち、傷だらけの顔が露わになる。息を整え、男が言った。

「最終戦だ。決着をつけよう」


第5戦


 第五戦。最後のゲームに選ばれたのは、『スカイブルーメモリア』というゲームだった。アポカリプス後の空中都市が舞台で、小都市の市長になった主人公が市民を集めながら都市間の様々な問題を解決していく……そういうシナリオのSFファンタジーRPGである。

「あっ!よく月刊誌の背表紙になってるやつだ」

 少年のリアクションも当然である。これまでのソシャゲに比べてスカブルはかなりの長寿タイトルである。十連祈闘を締めくくるにふさわしいと判断されたのだ。

「クックック……俺はこのゲームを9年プレイしている」

「……!」

 ゴーグル男の顔が険しくなった。スカブルのサービス開始は今から9年前……すなわち、引替はほぼサービス当初からプレイしている古参ユーザなのだ。

(スカブルは俺のホームグラウンド……こいつで負けるわけがねぇのよ)

 スカブルには最高レアキャラクターが引けなかった場合の補填として、次のガチャで最高レアを引く確率が上がる仕様が存在する。そのガチャで当たらなければ次のガチャに、そこでも当たらなければ更に次のガチャへ……引替は天性のガチャ運を逆手に取り、勝負の合間にこの”外しガチャ”を上限まで回す習慣を持っていた。

 引替が抱く勝利の確信は、なにも長いゲーム歴に由来する信頼だけではない。常人にはできないであろう努力によって積み上げた、いわば操作されたガチャ運があるからである! この勝負の前に、引替は確定引きギリギリ直前である190連続最高レア外しを達成している。次のガチャで最高レアを引くのは確定路線であり、複数引きが起こる確率も極めて高い……!

(ガチャ勝負は運だと人は言う……だが、運は実力によって掴み取れるもの! 努力と課金を怠る凡人に、俺の領域までたどり着くことなどできはしない。十連士、貴様もな……!)

 引替は対面の男を凝視した。ゴーグルの男は、険しい無表情を貫いている。この勝負に勝って、その澄ました顔を恐怖で歪めてやる。邪悪な決意と共に、メニューから『ガチャ』を選ぶ。一瞬、画面の暗転時に己の歪んだ笑みが映り込んだ。

「十連士の兄ちゃん……」

 少年が心配そうな声を上げる。ゴーグル男は無言で声を制した。

「さあ、泣いても笑ってもこれで最後だ! 果たしてどちらが十連の栄光を手にするのか……!?」

 互いの画面に映るのは、『コラボキャラ出現率アップ!』の煽情的な煽り文。果たして、この文言に釣られて何度ガチャを回したか……だが、どんなキャラクターがピックアップされていようが、どんなガチャが用意されていようが、関係ない。ただ勝利のため、ガチャを引くだけだ。

「「十連祈闘……!!」」

 BGMが消え、一つの水晶が中央に現れる。やがて水晶が破砕し、10個の水晶片が飛び散っていく。そのうち、引替の画面には虹色水晶片が3つ含まれていた。それは最高レア3体を意味しているのである!

「こっちは3体だ! お前はどうだ?」

 一方、ゴーグル男の画面に現れた水晶片は……0! このままいけば、彼の最高レアは0人だ!

「オイオイ、ここにきて運が尽きたか?」

 もはや、引替は自分の画面を見ていなかった。対戦相手の無様なガチャ結果を見て嘲笑してやろうという気分だったからだ。コモン。レア。スーパーレア……ゴーグル男の画面に様々なキャラが現れては分解されていく。

 スカブルには『限凸』の概念がある。二体目以降同じキャラを引いた場合、元々のキャラと重ねることで強化できる、凸と呼ばれる制度がある。これには上限があり、それ以上引いた場合は無常にも分解されてしまうのだ。特に引きやすい低レアのキャラは分解されやすい。そうやってどんどんキャラが消えていき……ゴーグル男に残されたキャラは残り1人になった。

「さあ、そいつも分解されて終わり……むむっ!?」

 最後の結晶片が変色し、虹色の光彩を放った。昇格演出である。更に、結晶が放つ光線が背景に当たると、都市が雪を模したステージに変わっていく。ステージの上に輝くロゴは……アイドルキングダム!

「ま、まさか……!」

「きたか。社内コラボ限定SSRキャラ――」

 獣の皮を模したふさふさの茶色のコートをまとい、上向きに伸びた角が生えた銀髪の美女が、微笑みながらプレゼントを手渡ししてきた。遅れて、サインと共にキャラクターの名前が表示される。

「……クリス・ミス・トナカイ!」

 会場がざわめきと興奮に包まれる。クリスは去年の実装キャラクターで、コラボキャラという事もあり今の今まで復刻機会がなかったのだ。加えて、今年のピックアップコラボキャラは稲沢ミギリ……別キャラである。つまりすり抜けで引くしかできない、超レアなキャラクターなのである!

「……これが、もし最高レア1体ずつだったら勝ててただろうな……」

 だが、熱気はすぐに落胆へと変わっていった。十連祈祷の原則では、キャラごとの希少性よりも最高レアを引いた数自体が優先されるからだ。引替が引いた最高レアは3体……どう逆立ちしても、クリス1人引いたからといって勝てるわけではない。

「クックック……最後にいい思いできたじゃねぇか。安心しろよ。おまえが引き当てたクリスは、県外の奴が育ててくれるぜ。十連祈闘は俺様の勝ち――」

「そいつはどうかな」

 ゴーグル男が立ちあがった。

「な、なにを言い出すんだ。勝負は決まったろ。それともおまえ、暴力か?」

 ギャングたちがざわめき始めた。この博司町において、勝負を放り出しての暴力は何よりも恥ずべきことだとされている。男の動向次第では、別のペナルティを用意しなければならない。

「いや……貴様のガチャ結果をよく見てみろ」

「なんだ、負け惜しみか? 知っているだろう、十連は引いた数がすべて……………………な、なにっ!?」

 引替のガチャ画面に現れた最高レアキャラ、ポルコ、サーガ、インビジブル。彼らが排出と同時に分解されていく……キャラクターが消える仕様は、最高レアであっても例外ではないからだ。

「そ、そんな……ポルコ! サーガ! インビジブル! おまえ達、げ、限定衣装であれば……こんなことには……!」

 スカブルの十連祈闘おいて、分解されたキャラは引いた数にカウントされないというルールがある。よって、引替が引いた三体のキャラは引かなかった扱いとなり……。

「俺はクリスを引き、貴様は最高レア0人……よってこの勝負は俺の勝ちだ」

 ゴーグル男が淡々と言い放つ。引替は絶叫と共に崩れ落ちた。

「ありえねぇ、この俺が負けるなんて……どんなイカサマしやがった!?」

 引替は元ゴーグルの携帯端末を強引にひったくった。周囲の静止を聞かず、様々な画面を転々としていく。

「てめぇの不正を暴いてやる。なにかあったら運営に報告してやるからな!? 市民一覧も覗いてやる。どうせ引くだけ引いて何もしてないんじゃ………アッ……」

 持ちキャラ……市民一覧の画面を開いたところで、引替の暴走は止まった。画面上に表示されている市民たちが、最高レアから低レアまで皆すべて最高まで育っているからだ。中には、直近で追加された市民まで育っている。唯一、先ほど引いたばかりのクリスだけが初期レベルの状態であった。右上に輝く『New!』の文字と共に。

「お前……これだけやりこんでたのに、クリスを引けていなかったのか……?」

「実装当時は天井がなかった。予算の限りを尽くし、それでも……な」

 引替はソシャゲを閉じ、うなだれた。目の前の男は、自分以上にこのゲームをやり込んでいる。何なら、多くのキャラクターが限凸しており、己と同じように引き当てた最高レアキャラが分解される恐れもあったのだ。それでも、奴はクリスを引いた。所詮運だ。そういう言い訳もできる。だが、引替にはどうしても、ゲームに対する真摯さが、この十連の勝敗を分けたとしか思えなかった。

「俺はどうしようもない極悪人だが……お前を前に去勢張れるほどバカじゃねぇ。俺の……負けだ……!」

 ついに、引替が心から敗北を認めた。沈黙が周囲に立ち込める。そして、それを打ち破るかように歓声が上がり、それが街中にへと広がっていった。

「ウォーッ! 俺は信じてたぜ!」

「スゲェー、引替さんに勝ちやがった!」

「私もガチャ引くー! 今なら最高レア引けるかな!?」

 盛り上がる市民たちの中に、チンピラか否かの区別などなかった。同じゲームを愛し、同じゲームのガチャ結果を共有しあえる喜びの前では所属の違いなど些細なことだったのだ。

「すごいや、兄ちゃん! 本当に勝ったんだ」

 嬉し涙を流しながら、少年がゴーグル男に抱き着いた。

「さあ、これはお前のものだ」

 ゴーグル男はしれっと取り返していた端末を、持ち主の少年に託した。端末には、しれっと10連ガチャ分の料金がチャージされている。

「ありがとう、お兄ちゃん! 僕、お兄ちゃんみたいに全キャラ育ててみせるよ」

「別に、俺のスタイルだけが正解じゃない。君だけの向き合い方をするんだ」

 少年はよく分からないという風に頷いた。門限が近いのか、少年はまたねと言いながら元気よく駆けていった。

「……おい、ゴーグル男。あと、頼むわ」

 鳴りやまぬ歓喜の中、引替月楠は一人、この場を去ろうとしていた。その孤独な背中を、ゴーグル男が呼び止めた。

「チンピラどもは俺ほど堕ちちゃいねぇ。この街の連中なら、きっと受け入れてくれるさ」

「貴様はどうする、引替」

「さてな。しばらく家に籠って……サボってた本編ストーリーでも再開するかね」

「一緒に超戦場に行かないか?」

 超戦場……スカブルにおける、協力制のレイドバトルである。その名を久々に聞いたとばかりに、引替は笑い飛ばした。

「バッカ、名前も知らねぇ奴とどう組めばいいんだよ」

「そうか、まだ名乗ってなかったな」

 ゴーグル男はゴーグルを外した。

「俺の名は――」




 下水道並の治安を誇る街、博司町。今日もまたガチャに人が狂い、新たに誰かがガチャ沼に嵌まっていく。だが、牛耳っていたギャング団が解散したことで、これでも街はひと時の平穏を取り戻していた。

 やがて新たなソシャゲギャングが隆盛し、邪悪を働くかもしれない。だが、人々の心にあの日見たガチャ対決の熱が残っている限り、街が屈することは決してないだろう。そして、ソシャゲガチャで暴虐を働く者がいれば、必ず奴が現れる。

 プリペイドカードのマントを纏う、傷だかけのゴーグルをつけたあの男……。

「俺は十連士G――ソーシャルマスターGだ!」



【十連祈闘! ソーシャルマスターG】終わり




スキル:浪費癖搭載につき、万年金欠です。 サポートいただいたお金は主に最低限度のタノシイ生活のために使います。