受験戦争2058
2058年、夏。私は試験勉強に勤しんでいた。挑んでいるのは、去年の過去問である。大して個性のない私は、AOに挑むのを諦め、冬の筆記受験に賭けていた。
同級生の多くも同様で、黙々と勉強している。今騒いでいるのは、筆記以外で挑む者か、受験を諦めた者のどちらかであろう。私の後ろの席からもお喋りが聞こえてくる。
「こないだの試験どうだった?」
「34点。赤点は避けた」
「ギリギリだね。アンタ、死ぬんじゃない?」
「なんでだよ」
「知らない? 夏目漱石。向上心のない奴はバカだから死ねって」
中身のない会話だ。集中をかき乱され、受験に落ちれば私まで死んでしまう。私はイヤホンを取り出して、ノイズを遮った。
酷暑が終わり、秋めいてきた頃。最近はイヤホンをする必要がなくなった。同級生が減って、会話や雑音がなくなったからである。あの煩わしいお喋りもピタリと止んだ。私の後ろの席には、雑音の代わりに百合が飾られている。
試験まで数ヵ月を切った。模試の点数は悪くない。あとは――
「ねえ、ちょっといいかな」
不意に、肩をつつかれる。振り向いて、私は驚いた。
「ここ、教えてくれない?」
逆向きに座る彼女の声は、夏のあの会話の声と同じだった。手に持つ過去問ドリルは、私のそれと同じものだ。麦野秦子。はじめての会話と共に、彼女の名前を私は知った。
【続く】
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