ターンアンデッドしか使えない 第一話

 接客アルバイトの身で異世界に転生した僕は、偶然拾われた寺院でどうにかターンアンデッドのスキルだけを教わり、試しにダンジョンに挑んで惨敗したところだった。
 本物のゾンビやゴーストまじこわい。無理。こっちが帰還ターンさせられたっていう。
 転生したときに、チートとかも貰ってないし。「流れに身を委ねよ」って声だけは聞こえた気がする。あれが神様の声だったのかな。

 流れに身を委ねた結果のそんな一連の流れで、ファンタジー風の街並みにある酒場の二階の、すごいそれっぽい宿屋に帰ってくる僕。
 ここから大冒険の始まりになると思って、奮発して大きめの部屋を取ったのに、財宝も経験も得られず戻ってきた僕。
 そんな僕の部屋の前で立ちすくむ、ドスケベ衣装のおねえさん。
 ……え? 何この人。
 宿で働いてるドスケベなお仕事の人……かな……?

「うっ……。ぐすっ……」

 もしかして……泣いてる? 泣き落としで客を取る手口?
 泣き落としで客を取るも何も、僕はここの宿代でお金を使い果たしてるよ? ダンジョンで稼いでくるつもりだったのに失敗して、今では無一文だよ?

「う~っ……うえぇええ~~ん……!」

 ドスケベ衣装のおねえさん、座り込んで泣き始める。
 人前であられもなく? いい大人なのに? 胸の大きさとか脚のセクシーさとか見たところ、割りといい大人のおねえさんなのに?
 ていうか僕の存在に気づいてない? そんぐらい必死な大人のガチ泣き?

「あっ、あのっ……。ど、どうかされました……?」
「ひゃっ! どなたですか!?」

 心配して声をかけてみたら、やっぱり僕に気づいてなかった。どなたですかじゃない。こっちのセリフです。

「僕は……この宿屋の、その部屋を借りている者です……」
「あっ、そ、そうなんですね! すみません私、邪魔ですねこんなところで……! お菓子なんて食べていたら……」

 おねえさんは涙をこっそりぬぐって、ポーチから取り出した焼き菓子をサクサク食べだした。
 あれっ? ここで泣きわめいてたこと、誤魔化そうとしてる??? 目の周りぐずぐずだし、今になって急にお菓子出しても、誤魔化しようがなくない??
 唖然とする僕の目の前でおねえさんは立ち上がり、尻の汚れをパンパン落とした。そっちよりも、胸の谷間に落ちてる焼き菓子の粉のほうが大量。気づいて。

「えっと……じゃあ、その……また……」

 何が「また」なのかわからないけど、アパートで近所の人に会ったときみたいな曖昧な言葉を残して、僕は部屋に入ろうとする。
 正直この場にい続けるのがいたたまれない。初めての冒険で挫折して、お金もないから明日には宿を出ていくしかなくて、なんかドスケベ衣装のおねえさんがすぐそこにいて、「僕がターンアンデッドに成功してたらなあ! 財宝拾ってこのドスケベおねえさんと一晩すごせたのかなあ!」とか考え始めると、いたたまれなくて。
 自己嫌悪に包まれつつドアを開けると、その腕をおねえさんがつかんだ。

「え?」
「あのっ……。こっ、こんなことを急に言われてもその、冒険者の方は……お困りになるとは思うのですが……」
「な、なんですか?」
「私、ここに泊めていただけないでしょうか……?」
「は?」
「行くあてがないんです……! その……必ずお礼は……。いたしますので……!」

 お礼は? いたしますので? ドスケベ衣装のおねえさんが!?

 ――ちょっと冷静になろう。僕がこの異世界で得た、知識として……。
 女魔法使いはたまに……ドスケベな格好をしている……!
 因果関係としては、サキュバスのような女性型の悪魔が人間を堕落させるためにドスケベな格好を好むらしく、魔力を高めて魔界と繋がりを持つにあたってはドスケベ小悪魔に似た容姿に近づいたほうが有利だかららしい。
 ファンタジーものでドスケベコスの女魔法使いがいるのに、それなりの理由があるとは思わなかった。
 ダークエルフがドスケベな格好をしていたり、女戦士がビキニアーマーで肌をドスケベに露出しているのも、似たような理由が関係しているとか。魔力の高まりが違うらしい。本当かよ。
 つまりこのドスケベ服のおねえさんは、魔法使いか何かだ!
 宿で働いているドスケベな仕事のおねえさんではないから「お礼はいたしますので」を勘違いしてはいけない!!

「あっ、じゃあ部屋……。広すぎて一人じゃ持て余すんで……。どうぞ……」
「いいんですかっ!?」

 僕はおねえさんを部屋に上げた。
 部屋に~~~~上げてしまった~~~~~。借りた宿とは言え僕の生活空間にドスケベなおねえさんが闊歩してる~~~。異世界転生して今が一番異世界感ある~~。
 目をキラキラさせてベッドに転がって「わー」とか言ってる~。
 いやそれはどうなの? 他人の部屋ですぐそれする? 割と子どもかも、このおねえさん?
 あっ、自分の行動がやり過ぎだったのを理解した顔して、すっと立ち上がった……。なんか恥ずかしそうにうつむいてる……。

「すっ、すみません……! ベッドとか久しぶりでテンション上がっちゃって……!」
「まあ、ベッドふたつありますしこの部屋。そちらはご自由に……」
「ご自由に!? いいんですかっ?」
「いいですよ、僕がふたつ使うわけでもなし」

 ひとつのベッドを二人で使うわけでもなし……ね……? フフ……。
 なんてバカなことを考えている間に、視界がとろけてきた。僕は自分のベッドにどさっと横たわる。
 あー……不発だったとは言えダンジョンでターンアンデッド使ったし、MPが減ってたのか……。急に眠くなってきちゃった……。

 ――寝ている間、僕は転生前の記憶を夢に見た。
 渋谷のディスカウントショップで接客をしていた僕は、あの日ハロウィングッズの売り場を担当していた。似合わない神父さんの服なんか着せられて。
 小悪魔コスの水商売らしきおねえさんが、店頭で酔いつぶれてしまっていたので、声をかけてお帰りいただいた。これが僕の最初の悪魔祓いとも言える。

「なによぉ~……。帰るあてなんてないってのにぃ~……」

 千鳥足で去っていくおねえさん。思えばあの人もドスケベ衣装だった……じゃなかった。あの人も、行くところがなかったのかもしれない。
 でも僕が声かけて追い払っちゃったせいで、「オレがお持ち帰りしようとしてた子がいねーんだけど?」っていかつい客にキレられて、殴られたのをかわした勢いで、滑ってころんで頭を打って。
 目を覚ましたら異世界に――。

「……主人さま。ご主人さま、朝ですよ」
「ふぇあっ!?」

 ベッドに腰掛けた美女の呼び声で目を覚ました。昨夜僕が部屋に招いたおねえさんだ。寝ても覚めてもやっぱりドスケベ衣装だあ……。

「お、おはようございます」
「宿の方に朝食を用意していただいたので、お部屋にお持ちしてありますよ! ご主人さま!」
「ご主人さま??」
「あ、あの、お部屋をお借りしたっていうのと……お名前をお伺いしていなかったので、ご主人さまと!」

 スープやパンの簡素な食事をいそいそとテーブルに並べるドスケベおねえさんから呼ばれる、「ご主人さま」。それはそれで素敵な響きだったけど。お互い名前ぐらいはちゃんと知りたいと思う。
 名も知らぬ男女が同じ宿で一夜を共にしたっていう、アツい実績解除に胸踊らせつつも、僕は名乗った。

「僕、波呂って言います」
「なるほど、ハロさまですね!」
「ドスケ……じゃなかった、あなたは……?」
「私ですか? グレンダンと言います!」

 僕の漏らした最初の三文字を気にして、「ドスケ?」と首を傾げる姿もかわいいおねえさん、ようやく名前がわかった。グレンダンおねえさんか。

「じゃあ、ごはん食べましょっか? グレンダンさん」
「グレンダンとお呼びください、ハロさま! 敬語もやめてください! 私はハロさまの宿でお世話になっている身ですし」
「そんな、お世話とかそんな大したことしてないですし。てか僕も呼び捨てでいいですよ」
「いえいえ、ご主人さま同然の方を呼び捨てにはできません! ですから……ええと……? ハロくん? お食事どうぞ召し上がれ、ハロくん!」
「えっと、グレンダンさん?」
「グレンダンでいいって言ってるでしょう、ハロくん?」

 なんか呼び捨てと違う方向で距離が縮まって、おねショタ味が増してしまった。正直グッとくるから「ハロくん」でいいや。
 ドスケベおね――グレンダンは、宿のチープな朝食を楽しそうに食べている。衣装とか見た目とか関係なく、なんかかわいいなこの人。
 ……もう少し一緒にいたいな……。
 でも、昨日のダンジョンアタック失敗で何も得られなかったから。お金がないのでここにい続けることは出来ないんだ。

「これ食べたら、もう出ていかないと……」
「とひょろでハロひゅん。ふぉれ、お礼です」

 口にパンが詰まった状態で僕に話しかけてきたグレンダン。胸元の服をぐいっと下げて、谷間を僕に見せつけてくる。ドスケベおねえさんのドスケベ衣装からこぼれ出るドスケベ谷間。
 えっ!?
 やっ……宿を出る前に……!? グレンダンの濃厚なお礼が……!! 一回あるのか!?
 二回とかでも僕はいいけど……?

「あーおいしかった。あとこっちもお礼です!」

 更にグレンダンは両足を開き、内ももを見せつけてくる。
 流石に!? 流石にこれは、僕の勘違いとかノリとかでドスケベ妄想してるではなく? 体でお礼を支払いの流れってこと!?
 いやーそういうつもりじゃなかったんだけどなー、そっかーじゃあしょうがないかー! 宿ももう出ないといけないし今のうちに、そっかー。
 とか考えて顔を赤くしてた僕の目の前で、グレンダンは胸元から首飾りを、内ももからナイフを取り出した。

「このふたつをお礼にさしあげますので、受け取ってくださいハロくん!」
「ん?」

 なんのことはない、お礼というのは首飾りとナイフだった。どちらも凝った装飾がついている儀礼用のもので、ほんのり温かい。さっきまで谷間と内股にあったからだ。
 これはドスケベ的な付加価値がついているんじゃないかな……?
 結果的に言うとドスケベ的な付加価値はなかった。「一晩宿に泊めただけでこんなお礼を貰うわけには」「い~い~で~す~か~ら~。もらってく~だ~さ~い~」の押し付け合いひと悶着があったあとに、お金もないので僕が折れて受け取って、試しにこの品物を街で換金してみることになった。
 そしたら宿を仕切ってる女将のおばあさんに早速、「アンタ達!」と呼び止められた。
 で……ですよねー……。入った時には一人だった男が、宿を出るときに男女二人連れになってたら、呼び止められもしますよね……?

「ちょいとお待ちよ! その手に持ってる品、とんでもない魔力を秘めてるねえ?」
「え?」
「鑑定士時代の鼻がうずくよ! それをお寄越し!」
「でもこれは今、街の鑑定屋に持っていくところで」
「価値の分からないあのごうつくばりに売るなんてもったいない! アタシゃ宿に来る冒険者から色々と買い取ってるから腕は確かだよ。それに……」

 宿のバァさんは僕の耳元に近寄ってささやく。

「いつの間にかきれいな子を連れ込んで、ずいぶんとお楽しみのご様子じゃないかぇ……? スミに置けないねぇぼうや? その辺の諸々も込みで面倒見てやろうってのさぁ」

 なんだか見透かされてる感じだ! ニヤリと笑うおばあさん。
 グレンダンにお礼を押し通されたときと同じく、僕はここでも折れた。女性の押しに弱いタイプなんだとは思う。

「お、お願いします……」
「……フム。やっぱりただの呪具じゃないねこれは? 『伏死殿』のモノ……しかもだいぶ深いところに潜ったかい?」
「わかるんですかおばあさん? すごい! そうなんですあのダンジョンの品なんです」

 『伏死殿』と言うのは、この街の近くにあるアンデッドだらけのダンジョンだ。僕が昨日、初ターンアンデッドに失敗して逃げ帰ったところ。
 入ってすぐのゾンビにびびって僕は帰ったけど、グレンダンはもっと深いところにあるお宝を持ち帰ってるってこと? やり手の魔法使いなのか!
 でも行き場がなくて部屋の前で泣いてたりドスケベ衣装だったり、やり手のバランス感覚がよくわからないな?

「やっぱり値打ちもんだねぇ。お嬢ちゃん、手持ちはこれだけかい?」
「い、いえ。ここにはないですけど! まだいっぱいあります!」
「ここにないってなら今すぐじゃなくてもいいけどねぇ。それ、あるだけ売っておくれよ。そしたら買取価格も上乗せしてあげるよ?」
「ほんとですかっ!? じゃ、じゃあそうします! そうしてください!!」

 買取価格が上がると聞いて飛び上がって喜ぶグレンダン。意外に金の亡者系おねえさんなのかな?
 それはそれでやり手感があってちょっといいかも。

「高く売れれば売れるほど、ハロくんにお返しできますもんね!」
「あっ……う、うん……」

 満面の笑みで手を握られてしまった。光にまみれたかわいさが正面からぶつかってくる。
 僕のバカ……! 下心で満ちてるのは僕だけだった! バカ! バカ! でも手を握られてドキドキもする! 

「あ、あのー……ちなみに? その装飾品の値段って、宿代ぐらいにはなりますか?」
「もちろんさね、ぼうや。しばらく泊まって釣りが出るよ」
「やった! 助かるー!」
「あっ、そ、その……。その場合……私は……? 一緒に泊まってても……?」

 グレンダンがおずおずと尋ねる。僕はもちろん首を縦に振るが、おばあさんは眼鏡越しに値踏みするようにグレンダンを見つめた。

「ハロのぼうやの名前は、宿帳に書いてある。お嬢ちゃんのほうは……連れ込みの客ってことで目をつぶってやれるねぇ。良いんじゃないかい、泊まってても」
「わー! おばあさん大好きー!」
「その代わり、こういう品はアタシに売りに来なよ! 鑑定屋のドラ息子に売ったらもったいないんだよ、こういうのはねぇ」

 グレンダンの陽のかわいさにやられているおばあさん、ちょっと嬉しそう。僕もほっこりした。
 こうして僕たちは宿代を確保した上に、臨時収入もいくらか出たので。

「鑑定関係なしに、街には行きましょうよハロくん! おでかけおでかけ!」

 グレンダンに手をつかまれて引っ張り出された。るんるんグレンダンはそのまま、音楽と甘い匂いに引き寄せられていく。子どもみたい。
 引き寄せられた先には、手回しオルガンで子どもを寄せ集めて、綿菓子を売りさばいている流しの楽士がいた。夢中で眺めている幼児の中に混ざって、同じく夢中のグレンダンおねえさん。
 服装と体つきは終始ドスケベ一張羅なので、背後から眺めていると複雑な気持ちになる。ほのぼのとムラムラで僕はこの心情を、ほムラと名付けよう。

「うおっ? 子どもの群れにドスケベねーちゃんが紛れてる!?」

 通りすがりの盗賊風のオッサンがグレンダンに反応した声、僕の心の声が漏れたのかと思うほど「ドスケベ」って言った。
 ていうかこの世界の常識(女魔法使いは諸事情でドスケベ衣装を着ていることがある)になぞらえてもビビるぐらい、グレンダンはドスケベ衣装なのか。
 胸とか脚とか尻とか無駄にセクシーなの、女性に免疫がない僕の過剰反応かと思ってた。一般的にも過激なのか……。

「なあそこのドスケベねーちゃん、オレと遊ばねえか?」
「へ? 私に話しかけてます?」
「この街でもトップレベルにドスケベ衣装なのはあんただろ。娼館でもお目にかかれないレベルだぞ」

 そうなの? お仕事でそういう服装の人よりグレンダンが上?
 盗賊のオッサンの情報網、異世界に来て一ヶ月の僕に、貴重なネタを与えてくれて助かる。

「こんな子どもの遊びに混ざってても、つまらないだろ? 今夜はオレと夜遊びしようぜ」
「つまらなくなんてないです。とても楽しいですよ? それに、私は……」
「グレンダンは、この後うちに一緒に帰ります」

 気づくと僕は、グレンダンとオッサンの間に割って入っていた。
 あれ? 途中までオッサンと同じ目線で楽しく見てた気がするんだけど。いつの間にか、敵対するみたいな割り込み方しちゃったな、僕。
 戦闘能力もないのに……? 実はこのオッサンがアンデッドで、ターンアンデッド効いたりしないかな……?
 不審な目でこっちを見るオッサンの顔が、転生前の僕に殴りかかった暴力客とかぶる。立ちすくんでしまう僕の腕を、グレンダンが後ろからつかむ。

「そ、そうです! 私はハロくんの宿にお世話になっていて……一緒に住んでいるんです! 私は、ハロくんのものです!!」
「えっ。僕のもの??」

 グレンダンが僕の言葉に乗っかる形で宣言したため、妙に所有権が強いカップルみたいになってしまった。
 するとどうだろう、盗賊風のオッサンは「あっ、いや……。先約がいるならごめんね? 一緒に住んでるってことは、わりと深い間柄?」と意外に紳士的に引いてくれた。
 無理やり女の子をお持ち帰りしていく系の人かと思ったら、そんなことなかった?
 軽くナンパしただけだったのかな? にしてはこっちは重たい断り方しちゃったな。
 「末永くお幸せにな!」とか言って拍手までしてくるオッサン。綿菓子を食べていた子どもたちにまでその拍手は広がり、楽士が奏でるオルガンもお祝いのプレリュードみたいな曲にされて、謎に祝われながら僕とグレンダンは宿に帰ることになった。

「……さっきハロくんが、『この後うちに一緒に帰る』って言ってくれて……。うれしかったです」
「う、うん。だってそうかなって、思ったから……」
「私、ハロくんに追い出されたら本当に行き場がなくって。助かります!」

 行き場がないってことはないと思うんだけど、何か事情でもあるんだろうか。行き場がない美女……うーん……。
 気軽に聞いちゃいけないやつ……かな?

「ハロくんのお宿に間借りできれば、作業場代わりにしてまた今日と同じようなマジックアイテムが用意できるので! そしたらお礼に差し上げますから!」
「いやいや、あんな高価なものいくつももらったら、宿代どころじゃない金額でしょ? グレンダンが自分で売ってどこかの宿に泊まれば良いんじゃないの?」
「……ハロくんが嫌なら、やめますけど……」
「嫌ではない、決して!」
「だったら今夜も作業に取り掛かりますね! 作業中は決して覗かないでくださいね」

 宿に戻って夜を迎えると、グレンダンはカーテンの向こうにこもった。雰囲気が完全に鶴の恩返し。僕どっかで鶴助けたっけ?
 とにかく降って湧いた今の状況を、もう一度整理するよ。
 異世界転生してターンアンデッドしか使えない僕のもとにドスケベおねえさんが押しかけてきて、毎夜彼女が作る謎の装飾品を売ればこの宿で二人で楽しく過ごせてしまうという環境を、労せずして手に入れちゃったんだ僕は。
 なんだこれは……恵まれすぎている! すごいスピードで不労ドスケベが手に入っちゃってるぞ……?
 ついでに言うとカーテンの向こうでグレンダンが、作業中に押し殺した喘ぎ声のような吐息を漏らすので、気が気じゃない夜を過ごしている。ドスケベ衣装のおねえさんと同棲気分で宿にいるだけで刺激的なのに、なんでドスケベボイスまでセットなんだ!
 興奮した僕もうっかり変な声を出しそうになるので、お互いにベッドを挟んで「んっ……!」とか「あふっ……!」とか言ってて非接触おねショタになっています。

「少し風に当たってくる、僕……!」
「一緒に……イク……?」
「イカないイカない!! 一人でイク!!」

 カーテン越しの声を振り切り、冷静になるために僕は一旦部屋を出た。風に当たってくる前にトイレに行った。
 ふー……落ち着いた……。
 落ち着いて冷静に考えればわかるんだけどこれは、たぶんヤバイ。そこそこヤバイ。

 悪魔などと関わりの深い魔法使いは、ドスケベ衣装になりがち。
 生と死にまつわる禁呪を使うものは特に、生命の誕生に関連する『性』の要素を持つことが多く、儀式に用いる呪具に力を込める際には性的な要素を抽出して盛り込むらしい。
 更には僕が追い返された近隣のダンジョンは、アンデッドが無数にいることで知られた、古代の墓だ……。そのダンジョンの深いところにまでグレンダンは潜っている。
 つまりグレンダンは、屍人使いネクロマンサーなんじゃないだろうか?
 もらって売っぱらったアクセサリーも、なんか骨とか十字とかそれっぽかったし?
 この世界では聖職者と屍人使いネクロマンサーが交わることは、非常に危険であると僕は教わった。両者間では死体の横流しや、アンデッド駆除のマッチポンプなどの癒着が絶えず、やましいところがなくとも親しくしているだけで、密告によって罪をでっち上げられることもあるという。
 こうした異世界の基礎知識を教えてくれたのは、この世界で最初に僕に手を差し伸べてくれた修道士モンクだった。
 思い返すこと一ヶ月前――。

「何だこれ……。もしかしてここは異世界……?」
「君、転生者か?」

 異世界転生直後。
 街道に倒れる馬車と、そこに襲いかかるスケルトンを見て、とっさに岩陰に隠れた僕を背後から呼び止めたのは、屈強の大男だった。

「ひっ! なんですかあなた!? やたら察しが良いし、でっかいので怖い……!」
「我は放浪の修道士モンク。名をT・モンクという」
「Tさん……。お、覚えやすいお名前……?」
「この世界には異世界からの転生者が時折やってくる。君が転生者なのであれば、我が寺院にてその身を預かろうではないか。我が寺院は救済を是とする教えを根本としており」
「Tさん! 後ろ後ろ! スケルトン来てます!」

 自身をT・モンクと名乗った眼帯の大男は、振り向きざまに数珠を握った拳でスケルトンの頭蓋骨にアッパーカットをぶち当てた。

「T・アッパーカットッッ!!!」
「うわあスケルトン粉々」
「……近隣にアンデッドが巣食うダンジョンがある故、こうした襲撃はよく起こる。その度にこのようにターンアンデッドの祈りを捧げているのだ」
「今の物理攻撃じゃないんですか?」
「右も左もわからぬ異世界で、せめて食いっぱぐれのないよう、手に職を持ちたいだろう。君にもターンアンデッドを教えてやる……!」

 転生直前に売り場で神父さんの服を着せられていたせいもあり、聖職者のたぐいと間違われた僕は、T・モンク先生の教えのもとにターンアンデッドを学ぶことになった。
 ありがとうT先生、あなたは僕の恩人であり師匠です。結局ダンジョン初チャレンジのターンアンデッドは失敗したし、あの除霊方法の大半は先生の身体能力によるものだってことも修行中にわかりましたけど……。寺生まれってすごい……。
 そんなゴツゴツのモンク師匠のことを思い出したおかげで、僕の昂りはぐっと収まって、安心して宿に戻る。
 転生したときに聞こえてきた、「流れに身を委ねよ」の声のこともある。もう少しこの流れのまま……様子を見てみようかな……?
 宿ではグレンダンが黒猫のぬいぐるみを頭に乗せて、「ねこねこかたぐるまー」と遊んでいた。

「ハロくんがお戻りに!? しまった、見られた……!」
「楽しそうだね……?」
「いやこれはあの! 私の魔力を呪具に上乗せするために必要なので! 体に触れさせていただけで!」

 必死なグレンダンを見て、僕は笑った。
 笑ったお陰もあって……聖職者と屍人使いネクロマンサーの関係性がどうとか悩むのを一旦忘れて、改めて大事なことに思い至った。
 グレンダンが来てからドギマギしてばかりで、お互いの身の上の話を何もしてない。
 聞かれたくないこととかもあるんだろうけど、それでも少しずつでも、僕はこの人のことが知りたくなってきた。

「ところで僕って、転生者なんだけど。それは知ってたっけ?」
「えっ、知らないです! ハロくんって……え? 異世界から来たんですか?」
「そう。それもあって、こっちの世界の女の子の服装は、たまに目のやり場に困るっていうか……文化の違いにまだ慣れていないっていうか……」
「だから私のことをあまり正面から見てくれなかったんですね? でも、どうしましょう……この服装には魔術的な理由もあって……」
「あ、それは知ってる! あのね、そのままで良いから! 僕も慣れるから!」

 まずはこちらの事情から話してみて、グレンダンとの距離を近づけてみた。ドスケベ衣装を正面から見る訓練として、数回にらめっこをして、また笑いあった。
 楽しげなグレンダンは、「そんな秘密があったんですね~。なら私も秘密のお話をすると~」と話の流れで、「私アンデッドなんですよ」とにこやかに言った。

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