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つくもりり

 私の名前は「つくもりり」。
 ひらがなで、「つくもりり」。

「どういう漢字を書くの?」とあなたは私に訊ねます。
 私はバッグの中から手帳を取り出して、その一ページをちぎり、そこに万年筆で書きました。

「つくもりり」

 「私の名前はつくもりり。ひらがなで、つくもりり」
 私はそう言ってあなたに微笑みました。
 あなたは戸惑っていましたが、そんな私を受け入れてくれました。

「君は「つくもさん」でも「りりちゃん」でもなく、「つくもりり」なんだね」とあなたは言いました。
「そのとおりです。私は「つくもさん」でも「りりちゃん」でもなく、「つくもりり」です」
 私はそう答えます。

 あなたは私のことをいつでもフルネームで呼ぶようになりました。
 「ねえ、つくもりり、」
 とまあ、こんな具合です。
 私はあなたと恋人同士になりました。

 ある日、私はあなたと二人だけの旅行に行くことになりました。それはあなたとの初めての旅行でした。
 初めてのお泊まりです。

 ホテルのカウンターで、私は名前を書きました。
 しかし私はうっかりして、漢字で名前を書いてしまったのです。それをあなたは見ていました。
「ふうん、そういう感じなんだ」
 とあなたは言いました。
 でも正直に言って、あなたが「そういう感じなんだ」と言ったのか「そういう漢字なんだ」と言ったのかは定かではありません。
 私は恥ずかしくて、顔が真っ赤になりました。ポール・マッカートニーです。いえ違います。

 私は慌てて否定します。
「これは本当の私じゃないの」

 私とあなたはホテルのロビーにある物産展のような所を見ていました。
 私はうかつでした。
 そこには行ってはいけなかったのです。

「ねえ、君の名前が書いてある」 
 とあなたは私に言いました。

「違います。それは違います。それは私ではありません」
 私はきっぱりと否定しました。

「だって、書いてあるよ、つくもりりって」 
 そこには「九十九里梨」と書いてありました。

 「それは、私の名前ではありません。それは、「くじゅうくりなし」です」
 「くじゅうくりなし?」
 「そうです。九十九里くじゅうくり で取れたなし 。九十九里梨くじゅうくりなし 」
 「くじゅうくりなし、つくもりり」
 「それ以上、何か言うことある?」

 私はあなたを睨みつけました。
 もう終わりです。
 私の恋は終わりです。
 こんなに恥ずかしい思いをするなんて。
 それは決して知られてはならない私の秘密だったのです。
 この名前のせいで、小学校のころからずっといじめられてきたのですから。
 私はこの九十九里で、無しになるのです。

「これ買って、部屋で食べようよ。それから「つくもりり」も食べたいな」  
 とあなたは言いました。

 もう、いやだ、ばかん。

おわり

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