山田くんみたいな人
山田くんみたいな人は、私にハンカチを貸してくれました。
私がつまづいて転んで、膝から少しだけ血を出しているのをたまたま見つけてくれたからです。
「ありがとう」
と私がそう言うと、山田くんみたいな人は「いえいえ気にしないでください」と言って微笑んでいるみたいでした。
それは絶対に山田くんに間違いが無いのですが、私には確信が持てなかったのです。
なぜなら山田くんみたいな人はぼやけていて、それを山田くんと言いきってしまうには何だか違うような気がしたからです。
山田くんがぼやけているのは、私が今朝コンタクトレンズを握りつぶしてしまったからです。
山田くんばかりではありません。
私の身の回りのすべてのものがぼやけていて、みんながみんな「みたいなもの」になってしまったのです。
世の中がぼやけてしまうと、私自身の存在さえもぼやけてしまう気がします。
でも改めて思うのは、私は毎日毎日、どうでも良いものばかりをいっぱい見てきたということです。
見なくたって良いものを見ていた気がするのです。
だから私は、もうみんな「みたいなもの」のままで良いのだと決めました。
ショックだったのです。
私はとてもショックだったのです。
だって私はコンタクトレンズを洗っていて、握りつぶしてしまったのですから。
私は握りつぶされたコンタクトレンズの欠片を眺めながら、何もかもを無くしてしまったのだという失望感に包まれました。
何もかもがぼやけてしまった世界にいる私に、山田くんみたいな人は手を差し伸べてくれたのです。
だから私は恋をします。
山田くんみたいな人と。
つづく。
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