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若手民族派座談会 上(加藤百、野尻誠斗、中村一晃、仲原和孝、海野学、三角直矢、佐野允彦)(『維新と興亜』第4号、令和2年12月)

 赤穂浪士討ち入りの令和二年十二月十四日、若手民族派七人が新宿に集結し、タブーなき論戦を交わした。対米自立、核武装、中国の脅威、反グローバリズム、天皇親政論、右派団結の条件など、二時間にわたり本音をぶつけ合った。思想形成の過程も、現在の立場や職業も様々だが、全員が憂国の情に溢れる言葉を発し続けた。座談会の内容を二回に分けて掲載する。

「命よりも重いものとは何なのか」……海野


── 本日はお集まりいただき有難うございます。まず簡単に自己紹介をお願いします。右派思想、保守思想に目覚めたきっかけについても教えてください。
海野 一水会の海野です。私は、小学生の時に木曾義仲の伝記を読み、今井四郎兼平という武将のことを知りました。兼平は元暦元(一一八四)年、鎌倉軍に追われ敗走する義仲に従い、粟津の戦いで討ち死にした義仲の後を追って自害しました。その場で命乞いをすれば助かったかもしれないのに、なぜ彼は自害したのだろうか。命よりも重いものとはいったい何なのだろうか、と幼心にひっかかっていました。私は日教組のもともと強い地域の出身で、周囲にはリベラルの人たちが少なくなく、彼らが説く「一人の命は地球より重い」という考え方に違和感を覚えていたのです。
 高校時代には、小林よしのりなどの本を読むようになり、大東亜戦争に強い関心を持つようになりました。ただ、私は平成の半ばごろから起こった「行動する保守」の運動にはシンパシーを感じられず、経団連事件などで知られる野村秋介さんや一水会の鈴木邦男さんに共感を覚えました。特に野村さんの考え方が、自分の中で一番しっくりきました。以来、野村さんの『さらば群青―回想は逆光の中にあり』や、大東塾の影山正治塾長の『維新者の信条』を愛読するようになりました。
 「外国にどう振り回されるか」よりも、自分自身が日本人としてどう生きるべきか、日本人としてどのような信仰を培うべきかに関心を持っています。
野尻 私は現在、早稲田大学に在学しています。もともと小学生の頃から新聞を読むのが好きだったのですが、小学校五年生の時の平成二十二年九月、尖閣諸島付近で操業中だった中国漁船と海上保安庁の巡視船が衝突する事件が起きました。それをきっかけに、政治や国際情勢に強い関心を持つようになったのです。その結果、近隣諸国との外交関係に問題意識を持ちましたが、次第に在日米軍基地や日米安保条約の現状にも疑問を持つようになったため、対米自立を志向するようになりました。
── 皆さん早熟ですね。
野尻 私が影響を受けた人物は、三島由紀夫です。小学生の頃から『金閣寺』を読んでいましたが、高校になってから三島をむさぼり読むようになりました。特に『豊饒の海』第二巻「奔馬」から強い影響を受けました。「奔馬」の舞台は昭和初期ですが、神風連に傾倒する勳という少年が出てきます。
加藤 国士舘大学三回生の加藤です。僕は「街宣右翼」は時代錯誤ではないかと、高校生ながらに感じていました。ところが、大学一年生の時に「時局対策協議会」の定例会に参加をする機会があり、街宣右翼に対しての価値観が変わりました。抗議街宣だけで満足をしている人間もいれば、真面目に勉強をしてマイクを握る人間もいるのだとわかったからです。時対協は日頃から思想の研鑽に取り組み、社会問題や時局の問題について鋭い視点から切り込んでいくような本来あるべき右翼の姿を体現していると感じました。こうして、僕は時対協の会員になりました。
中村 IT系のエンジニアをしています。僕は流行りのものに乗っかるのが大好きで、今日も『鬼滅の刃』をモチーフにしたマスクをしてきました。
 もともと好きだったアニメを通じて、次第に政治的なことにも関心を持つようになりました。僕も野尻さんと同じように、尖閣での衝突事件に影響を受けました。また、高校、大学の頃は在特会が大暴れしていた時期で、在日特権の問題などにも関心を強めました。僕たちに影響を与えているサブカルチャーの部分にも、右からの政治的変革を志向するようなネトウヨ的な要素があります。例えば、かわぐちかいじや小林よしのりの漫画などもそうだと思っています。
 大学を卒業する少し前から、リベラル派の理想論に違和感を覚え、「まず日本の現状を変えなければどうにもならない」と考えるようになりました。先の大戦に敗北した後、日本人は七十五年間、いったい何をしてきたのかというところに行きつき、未だに米軍に支配されている日本の現状を憂えるようになりました。私の祖父は沖縄の人間で、沖縄で日本の弁護士資格を取った最初の人間でした。生前には祖父から沖縄の話を聞くことはほとんどありませんでしたが、沖縄の状況を深く理解するにつれて、対米自立の必要性を痛感するようになったのです。
 僕は、特定の本や思想からは影響を受けていないのですが、現在活動している人たちから影響を受けています。例えば、統一戦線義勇軍の針谷大輔さんや「朝鮮総連本部をさら地にする会」の佐藤悟志さんです。二人とも、「まず行動しなさい」と強調しています。僕も言論活動をするだけではなく、抗議行動をはじめとする直接行動が重要だと考えています。

国会議員として尖閣に初上陸した西村眞悟先生との出会い……仲原


仲原 会社員をしています。私は小学生の頃から近現代史が好きで、図書館に入り浸っては歴史マンガを読んでいたため、次第に政治に興味を持つようになりました。いわゆる保守・右派の思想に目覚めたきっかけは西村眞悟衆議院議員(当時)が平成九(一九九七)年五月に国会議員として初めて尖閣諸島の魚釣島に上陸した直後に記した『誰か祖国を思わざる』を読んでからでした。西村先生の講演会に通うとともに、チャンネル桜のデモや行動する保守の運動などにも参加し、様々な方から右派思想の諸先輩のことを教えていいだきました。
 その結果、影山正治、三島由紀夫、野村秋介、林房雄などの本を読むようになりました。最も強い影響を受けたのは西村先生と影山塾長だと思っています。思想や生き方で迷いが生じた時に開く本は、影山塾長の『維新者の信条』です。また、明治時代に『大東合邦論』を書いた樽井藤吉翁の思想、生涯の研究もしています。
佐野 所沢市議会議員の佐野です。私は、平成二十一(二〇〇九)年に拓殖大学大学院で勉強している時に、頭山満翁のご令孫様である頭山興助先生の呉竹会の活動を手伝うようになり、民族派の思想に目覚めました。同時に、『正論』や『月刊WiLL』に執筆されている先生方の本を読み、保守的な思想を固めていきました。最初は「親米保守」の立場でした。
 所沢には米軍所沢通信基地があり、同基地へのオスプレイ飛来に対して反対運動が起こりましたが、私は令和元年十二月議会での一般質問で「オスプレイ歓迎」を主張し、大炎上したことがあります。
 また、令和二年九月議会では、しんぶん赤旗の庁舎内営業問題における市の対応や、公立学校の図書館における「はだしのゲン」配架状況と配架の正当性について質問しました。ただ、親米保守の問題点についても理解しており、現在は親米と反米の間で模索中です。
三角 ITエンジニアをやっている三角です。私は北海道旭川市出身で、父は自衛官でした。小学生のある日、友人から「自衛隊員は何をしているのか」と問われて以来、自衛隊の存在意義について考え始めました。そこから自分の父親が何をやっているかを学び、安全保障について掘り下げて考えるようになりました。
 國學院大學時代には、東大出身のリベラルな先生の下で北欧諸国の政治を研究しました。言わば「成功した社会主義」の実例の勉強です。その後、拓殖大学大学院で安全保障論の修士号を取得しました。その当時、周囲にいた右派の人たちから右派思想も積極的に吸収しました。このように、私は左も右もわかった上で物事を判断したいという性分です。ただ、私自身は中道右派に位置づけられると思います。
 私が影響を受けているのは、中野剛志先生です。特に、『保守とは何だろうか』は若者にもわかりやすく書かれていました。本来、保守とは既存のものを守る存在ですが、保守が憲法を変えようとしていて、左派が憲法を守ろうとしているのは反対ではないのかというところから説き起こしており、大変面白く読みました。

自立のためには核武装が必要だ……野尻


── では、さっそく議論に入ります。まず日米関係です。日米地位協定に象徴されるように、現在の日米関係は対等ではありません。戦後七十五年経ったいまも、我が国は防衛をアメリカに委ね続けています。こうした状況についてどう考えていますか。
海野 日本の保守派は「自分の国は自分で守らなければならない」と言う割には、日米関係の不平等性に甘過ぎると思います。その矛盾についての自覚が足りないのではないでしょうか。
 「アメリカという国家は嫌いだけど、アメリカの文化は好きだよ」という人が私の周りにも結構いますが、私は正直いってアメリカ文化も嫌いです。私も今日ジーンズを着てきているので大きな事は言えませんが、大仰な言い方ながら、アメリカによる文化侵略にもっと自覚的になる必要があると思います。日本人は、本来着物を着て、米と魚中心の食生活をしてきたはずです。
野尻 私は、日本は自主防衛を目指すべきだと思います。独立国であるからには、米軍基地は撤去しなければならない。最初にやらなければならないのが、日米地位協定の改定だと思います。その上で、アメリカと対等な関係を結ぶのが基本だと思います。そのためには、日本が軍事的に自立することが必要であり、敵基地攻撃能力や核兵器の保有が必要だと思います。
佐野 日米地位協定や日米安保条約を見直すためには、まず日本の憲法改正と再軍備が必要だと思います。先制攻撃できる能力、原子力潜水艦から核ミサイルを発射する能力を保有しなければ、自主防衛はできないと思います。
三角 私も、理想としては武装中立ですが、安全保障論を学んだ立場としては、「リアリストたれ、保守こそ冷静になれ」という考え方も理解できます。不平等性など日米関係には様々な問題もありますが、現状では我が国の安全保障を維持する上で必要なコストだと思っています。

「靖国の英霊に恥ずかしくないのか」……中村


加藤 僕は、「アメリカにつくか、中国につくか」という発想ではなくて、「日本こそがそうした大国を従えていく」という気概を持つべきではないかと思います。なぜ我々の先人たちは多くの犠牲を払って大東亜戦争を戦ったのか。それを理解せずして靖国神社にお参りするのは先人に対して失礼ですよ。
中村 僕は日米関係を変えるためには、日本は竹槍で戦わなければならないと思っています。『鬼滅の刃』のテーマの一つは、生きている者と死者との対話であり、靖国神社の英霊に通ずる話が出てきます。靖国神社には日清戦争、日露戦争で亡くなった人も祀られていますが、アメリカとの戦争で亡くなった方も大勢祀られています。加藤さんが言ったように、靖国の英霊に対して、いま生きている我々は恥ずかしくないのか。アメリカに二度も原爆を落とされ、占領され、未だに日本中に米軍基地を置いていて恥ずかしくないのか。まず、日本人がそうした気概を持たなければ、自立もできないし、経済政策をめぐるアメリカからの圧力もかわせないと思います。
仲原 私は日米同盟を維持すべきだと思っており、オスプレイ配備も基本的には歓迎している立場です。ただし、現在の日米関係は正常ではないと考えています。対等な同盟関係にするべきであり、日米安保条約、日米地位協定を見直さなくてはいけない。しかし、そのためには、まず我が国の自主防衛体制をしっかりと構築する必要があります。
 自主防衛体制を固めるためには、最低でも日本は核武装し、スパイ防止法を制定しなければなりません。同時に、福沢諭吉が言った「一身独立して一国独立する」という気概を取り戻す必要があります。これらを抜きにして、日米安保条約や日米地位協定を見直すことはできないと思います。

皇軍が大量破壊兵器を保有してもいいのか……海野


── 皆さん、自主防衛体制を固めるためには核武装が必要だという立場ですか。
佐野 日本は核武装をしなくても、核武装の選択肢を放棄していないことを世界に示すだけでも意味があると思います。例えば、核兵器不拡散条約(NPT)や包括的核実験禁止条約(CTBT)から脱退するだけでも効果はあるでしょう。
海野 実際に核武装しなくても、核武装の計画があると言うだけで、大きな意味があると思います。
中村 僕は、対米自立をした後でしか、日本独自の防衛政策は採用できないと思っています。日本人が思想的、精神的に独立するのが先決なのではないでしょうか。
海野 「核武装しなければ対米自立はできない」という考え方もあるとは思います。一方で、自衛隊が皇軍、つまり天皇の軍隊になるとすれば、天皇の軍隊が核兵器のような大量破壊兵器を保有していいのかという議論もあると思います。かつて、野坂昭如や井上ひさしは「外国の軍隊が日本に攻めてきたら、滅びればいいじゃないか」と言いましたが、筋が通っていたことは通っていたのじゃないかとも思います。
中村 僕は、いま日本が核武装したところで、現状では、結局米国の核兵器になってしまうと思います。だから僕は、防衛力強化の前に国民の気概の回復が先決だと考えるのです。
佐野 一九九二年にフィリピンが米軍基地を撤去するや、すかさず中国はその真空を埋めるように進出してきました。中国は一九九五年にフィリピンが実効支配する南沙諸島に出てきたのです。自主防衛力を持たないまま、米軍基地撤去を主張することは危険だと思います。
野尻 ただ、私は「核兵器を持つ米国の庇護下にある天皇の国」よりも、「天皇の軍隊が自分で核兵器を持つ独立国」を志向しますね。独立のためには、外国任せではなく自分たちで手を汚す覚悟が必要だと思います。

徴兵制導入を掲げる政党が一つでもできれば状況は変わる……中村


── 多くの親米派が、「日本は自立すべきだが、日本独自の防衛力が整うまではアメリカに依存するしかない」と言ってきました。しかし、自立への歩みは一歩も前に進まなかったのではないですか。トランプ政権時代は、日本が自立するチャンスだったのに、その機会を安倍政権は活かせなかった。
仲原 現在の自民党にはアメリカから自立しようという気などないと思います。
三角 かつてのアメリカやソ連、現在の中国が強大な軍事力を持てたのは、彼らが超大国だったからです。現在の経済スケールのまま日本が核兵器を持つことは、自殺行為になると思います。核兵器には膨大なお金がかかるからです。日本が超大国と軍事的に伍していくには、日本が経済力を強めて超大国にならなければならないと思います。
中村 一九八〇年代に日本は「ジャパン・アズ・ナンバー1」と世界から称賛されていました。しかし、日本はアメリカから自立するどころか、アメリカへの依存を深めていきました。経済力があれば、軍事力を拡大できるとは限りません。
── 北朝鮮のように、国民生活を犠牲にしてでも核武装へ向かう国もあります。インドやパキスタンも経済的苦境に耐えて核武装しました。経済力があっても、自主防衛への意志がなければそれを実現することは不可能です。アメリカは日本の核武装に反対しているので、核武装のためには対米関係の悪化も覚悟しなければなりません。結局、そこまでの覚悟が国民にあるかが問われています。
中村 僕は兵役としての徴兵制を導入すべきとは思いませんが、広い意味での徴兵制導入を掲げる政党が一つでもできれば、状況が大きく変わるきっかけになると思います。徴兵制導入が議論になることによってナショナリズムへの覚醒が起きるかもしれません。徴兵制といっても、必ずしも兵役につくのではなく、防災などの奉仕活動に従事させる目的で導入するという考え方もあります。国家を構成する一員としての責任について教育する制度があってもいいのではないか。

我が先人は英国の植民地主義と戦った……海野


── 次に対中外交です。アメリカの覇権を脅かしつつある中国にどう対峙していくべきか。また、長期的に中国とどのような関係を築くべきでしょうか。
野尻 中国の脅威に対しては、まず日本が軍事力を強化していくことが必要だと思います。南西諸島へ自衛隊部隊を配備すべきだと思います。中国は大国にはなっていますが、周辺国との信頼関係を築けていません。南シナ海の南沙諸島(スプラトリー諸島)海域の暗礁を埋め立てて基地を建設し、東南アジア諸国の警戒感を高めています。また、ウイグルなどの少数民族を弾圧し、香港市民の自由を奪おうとしています。
 日本と中国は同じアジアの国なので、長期的には共栄を目指していくべきだと思います。そのためには外交関係は維持していく必要がありますが、国内における民族浄化や人権侵害、軍事的拡張の問題など、中国に対して言うべきことは言わなければならないと思います。
三角 私は、現在の中国は日本にとって敵と認識する必要があると思います。ただし、中国がわが国にとって脅威である根本的理由は、共産党体制だと考えています。したがって、中国の体制さえ変われば、日中は友好的な関係を築けると思っています。
仲原 中国は現在の体制のままでは変わらないと思います。私は、日本は中共と断交すべきだと思います。ただし、長期的には中国の体制が変わり、日中が関係を強めることを期待しています。かつて樽井藤吉翁が『大東合邦論』で述べたように、東アジア諸国が互いの国号、国柄などを尊重しつつ「大東亜連邦」として合邦できるようになるのが理想だと思います。ただし、中国共産党体制が崩壊した際の我が国への安全保障上の影響も、考えておかなければなりません。そこがもどかしいところです。
海野 自民党の中にも、二階幹事長のように媚中派、親中派と言われる政治家がいます。彼らは中国に対して弱腰です。とは言え、中国とのパイプをなくしてしまえば、中国との外交関係を維持することも難しくなります。
 いま中国の脅威が高まる中で、日本の右派の多くが反中姿勢を強めています。ただ私は、中国共産党は嫌いですが、中国の文化、文明には敬意を持っています。だから、乱暴に「シナ人出ていけ」というだけの主張は支持できません。
 昨年、元香港在住者のツイッターを見ていたら、「こんなことになるなら、イギリス統治下の方が良かった」という投稿があり、思想的に悩まされるところがありました。もちろん、中国政府による香港市民の弾圧は問題であり、私も香港民主化運動に対して一定のシンパシーを持っています。ただ、その行きつく先がイギリスの植民地主義容認となることを、果たして日本人として喜んでいいのか。
 日本人は大東亜戦争で西洋覇権主義と戦ったのです。我が国はイギリスの植民地支配の打破を目指し、実際にイギリスと戦い、マレー半島からイギリスを追い出しました。それによって、多くのアジア人を覚醒させました。もちろん、国是に反するアジア加害の歴史にも真摯に向き合わなければいけませんが、そのような先人を戴く日本人が、香港人が「イギリス統治時代の方が良かった」と言うことに対して、どう考えるべきなのか。その答えに苦しんでいます。頭山満翁なら、「なぜ周庭や黄之鋒を日本へ亡命させないのか」とおっしゃっているかも知れませんね。

世界から尊敬される国になるべきだ……加藤


佐野 趨勢としては、あと五十年もすれば、中国がアメリカを抜いてウルトラ超大国になるでしょう。その時、日本がどう中国と対峙するかを考える必要があると思います。そのために、日米同盟を堅持して、我が国の安全保障を維持しようと努力しているわけです。日本が直接的な侵略を受ける前に、台湾がやられることになるでしょう。したがって、まず台湾をどう防衛するかということに心血を注ぐべきです。
加藤 我が国の長い歴史を振り返っても、中国との関係は対立の歴史だったと認識しています。我が国は一貫して、どのようにして中国の属国にならず、独立を維持するかを考えてきました。それは、現在も将来も同じだと思います。
 大国が割拠する中で我が国が独立を維持するためには、日本が国際社会において尊敬される存在になるべきだと思います。日本に弓を引くような民族、国家があれば、世界中が「お前、何をしているんだ」と声を上げるような存在に、日本がなるんですよ。そのためには、アジア諸国との友好関係を強めて、我が国が尊敬される存在にならなければなりません。そして、国家間の経済関係、政治関係ではなく、民族同士の結合を強化すべきです。現在、アメリカや中国などの大国が国際社会で影響力を拡大しているのは、彼らが経済的に強いからに過ぎません。彼らが歴史的、文化的にリスペクトされているわけではないと思います。
中村 僕も現在の中国共産党体制に反対の立場で、反中共デーのデモなどにも参加していますが、過去千年、二千年の歴史を見れば、日本が中国から影響を受けてきたことは否定できません。二十年後には、中国が米国を凌駕することになるでしょう。その時、日本は軍事力だけでは中国に対抗できないと思います。そこで、加藤さんが言われた通り、世界から文化的に尊敬される存在にならなければいけないと思います。

「若手民族派座談会 下」

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