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ルフェビュールとフルトヴェングラーのモーツァルトK.466

 その筋のファンにはあまりにも有名な演奏だが、フルトヴェングラーがフランスの大女流イヴォンヌ・ルフェビュールと共演したモーツァルトのピアノ協奏曲K.466を私のYouTubeチャンネルに公開した。1954年5月15日、スイスのルガーノでのライブで、フルトヴェングラーが残した最高のモーツァルト演奏と評価されているもの。

 フルトヴェングラーとベルリン・フィルが戦後に残した録音の中では、ヴィ―スバーデンやこのルガーノなど演奏旅行先でのライブ録音が、本拠地ベルリンのティタニア・パラストでのものより音質面で明らかに優れており、このコンビ本来の美しくも勇壮な響きを窺い知ることのできる貴重な記録となっている。

 当然このモーツァルトもこの年代としては見事な優秀録音であり、かつてのドイツ・フルトヴェングラー協会や日本協会盤のLPを持ち出すまでもなく、東芝のAB盤LP、また初期の東芝CDなどもこの演奏の素晴らしさを味わうのに十分なものだが、その後のEMIのリマスター、再発はお寒い限りの不出来なもので、スイス・イタリア語放送のオリジナルテープを使用したErmitage盤や、その音源を受け継いだと見られる伊IDIS盤なども疑似ステレオに加えてデジタル・リマスタリングによる冷たい”ドンシャリ”音であり、気が付けば本演奏の真価を適切に伝えている音源は現在市場に見当たらぬという、悲しむべき状況にある。

 指揮者・作曲家の徳岡直樹氏の情報によれば、仏Solsticeから出ていたルフェビュールのボックスセット所収の音源がベストとのことだが、高価な組み物でしかもすでに廃盤である。このフルトヴェングラー畢生の名演奏を、現在では一般の音楽ファンが適切な再生音で聴くことが難しくなっているというのは、全く嘆かわしい限りとの思いから、オリジナル録音の質の高さを十分に伝える音源を公開することにした。

 なお、大ピアニスト、ルフェビュールをこの演奏でしか知らない音楽ファンも多いと思われるが、コルトー、ロン、ナット以降のフランスでは比較を絶して最高のピアニストであり、ディヌ・リパッティとサンソン・フランソワの事実上の師でもあるという名教師でもあった。フルトヴェングラーとのこの共演はむろん見事なものだが、ルフェビュールとしてはごく普通の出来――というくらいのものでしかない。レコード録音の極端に少ない人で、残された記録の大半が地元フランスでの放送録音という、いわば「幻のピアニスト」だが、音盤を見つけたら迷わず入手されることを強くお勧めしたい。


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