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ワルター&ヴィーン・フィルの《レクイエム》

 べつだんの意味はないが、年の終わりにモーツァルトの《レクイエム》をきく。ヴァルターが1937年にパリ万博でヴィーン・フィルと行ったライブ演奏。SP録音だが音質はこの時代としては驚異的によい。冒頭から彼岸へと連れて行かれるような、鬼気迫る演奏。これは鎮魂の歌などというものではない。私たちもそちらに行きたい、連れて行ってほしい、という痛切きわまる憧れとかなしみの歌。神に縋ろうと救世主に祈ろうと救われることのない、裸身の人間存在の根源的な不安と恐怖の念がひしひしと押し寄せてくる。モーツァルトはよくもまあ、その霊感の極まるところ、こんなすさまじい音楽を書いたことよ。人よりは神に近い場所から物を見ている天才は、最後には美と官能の愉悦を遠く離れた《もののあはれ》へと辿り着くのか。同じく人離れした天才、紫式部が長い長い『源氏物語』のさいはてに、あの《宇治十帖》を書いたように。


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