自由を求めた天才がたどり着いた場所はー『ダンサー、セルゲイ・ポルーニン 世界一優雅な野獣』の圧倒的な美しさと苦悩
UPLINK Cloudの60本以上見放題で気になる作品から見ていますが、今日は『バレエボーイズ』に続いてバレエものです。
天才バレエダンサーのセルゲイ・ポルーニンの半生を描いた作品。踊る姿を見るだけでも十分価値がありますが、その背後の物語も秀逸。一人のアーティストを取り上げたドキュメンタリーとしても傑作の部類だと思います。
バレエ好きの方もドキュメンタリー好きの方もぜひ。
天才バレエダンサー、セルゲイ・ポルーニン
19歳の史上最年少で英国ロイヤル・バレエ団のプリンシパルになったセルゲイ・ポルーニン。彼はウクライナの田舎町で生まれ、早くから才能を信じた家族の支えでロンドンに留学、バレエ界のスターとなった。
彼にバレエを学ばせるため家族はキエフ、ポルトガル、ギリシャ、ロンドンとばらばらに。セルゲイはバレエによって家族をもう一度ひとつにすることを夢見るが、ロンドンに留学して1年後、両親の離婚で叶わぬ夢となる。
若くしてスターになったセルゲイはドラッグに手を出し、体に入れ墨を入れ、問題児となっていく。世間を騒がせた天才バレエダンサー、セルゲイ・ポルーニンの半生を追ったドキュメンタリー。
天才を支える家族に訪れる破綻
セルゲイ・ポルーニンのダンスは本当にすごい。「これがバレエか?」と思ってしまうほどの身体能力に度肝を抜かれます。そのセルゲイのダンスが散りばめられているので、それを見るだけでも映画を見てよかったと思ってしまいます。
それはそれとして、この映画から伝わってくる物語を私なりに分析してみると、それは「家族」と「自由」の物語だという気がしました。
「家族」の物語であるというのはすぐわかると思います。序盤から母親、父親、祖母がインタビュイーとして登場し、セルゲイの生い立ちから語られるのですから。
© British Broadcasting Corporation and Polunin Ltd. / 2016
ただ、セルゲイの半生において家族はずっと重要だったわけではありません。この映画で最も重要と言えるエピソードが両親の離婚です。セルゲイはウクライナの田舎町から首都キエフの学校に進学し10代でロンドンに留学します。その留学の約1年後に両親が離婚してしまうのです。
セルゲイの母は夫と母親を外国に行かせても貧しい田舎町からキエフに出る決心をし、さらにロンドンに留学させます。セルゲイは「バレエによってもう一度家族をひとつにすること」を夢見てロンドンにひとりで旅立つのです。
しかし、その夢は両親の離婚で叶わぬものとなります。そこからセルゲイは両親と疎遠になり、この映画の物語の結末まで家族が再び一つになることはないのです。ある意味でこの映画は「不在の家族」の物語ということができます。
家族から離れた天才が求めるものは
「家族」という夢を捨てたセルゲイは代わりに何を求めたのでしょうか。
それはまずは自分を認めてくれるものでした。いわゆる承認欲求を満たすために、誰よりも練習し最年少のプリンシパルになるとその欲求は満たされます。
でも友人が言うようにそれで一度「目標がなくなってしまう」のです。
そうすると次を求め始めます。それが何かはタトゥーに現れています。それが表すのは、伝統的なバレエのイメージを打破し、バレエ団が決めた限界を突破すること、新たな表現です。だからセルゲイはロイヤル・バレエ団をやめます。
© British Broadcasting Corporation and Polunin Ltd. / 2016
そして、ロシアに渡り、自分を認め次なるステージへと導いてくれる師に出会い目標に向けてまた努力します。でも限界はまた訪れます。ここでセルゲイは「踊ることが義務になるのは嫌だ」と発言します。それは裏を返せば決められたことしかできなくなるのが嫌だということです。彼は自由を求めるのです。
セルゲイはここで自分の限界を決めているのはバレエだと判断して引退を決意します。でも、最後に限界を突破できるか試そうと既存のバレエの枠を超えた表現としてミュージックビデオを撮るのです。
ここでセルゲイはなにかに気づきます。このビデオが話題になった後、引退をやめ公演に初めて家族を呼ぶのです。
セルゲイは何に気づいたのでしょうか。私は彼はほんとうの自由を見つけたのだと思います。セルゲイは序盤と終盤に「ジャンプをしているときは最高の気分」だと発言します。それは自己の解放、本当に自由な瞬間は踊りの中にあったのです。
映画の中に「母親にバレエをやらされた」と発言するシーンがあります。セルゲイは子どもの頃からバレエが好きだったし、強制されたわけではなかったはずなのに。彼は自分の自由を奪うものがバレエだと思い込み、そしてそのバレエを無理やりやらせた家族こそが自分の自由を奪う元凶だと思い込もうとしていたのではないでしょうか。無意識的であるにしろ子供の頃の夢を奪った腹いせに。
だから本当の自由を見つけることで家族を再び受け入れることができたのです。
これが私が読み取った物語です。
もちろん一つの解釈でしかありませんが、そう考えるとこの映画は自由とそれを奪うものはなにかについての物語だと読み取ることができます。ほんとうの自由は自分のうちにあり、そしてそれを奪うのも自分自身なのだと。
この映画は回り道をしてほんとうの自由にたどり着いた一人の天才とその家族の物語なのです。
『ダンサー、セルゲイ・ポルーニン 世界一優雅な野獣』
2016年/イギリス=アメリカ/85分
監督:スティーブン・カンター
撮影:マーク・ウルフ、トム・ハーウィッツ、ブラディミール・クルーグ
音楽:イラン・エシュケリ
出演:セルゲイ・ポルーニン
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