イップスは治る?そんなものイップスになってから言ってみろ。
『イップス』という言葉をご存知だろうか。
昨日まで出来ていたことが急に出来なくなる。
こうすれば良いと分かっているのに、出来ない。
私自身、重度のイップスに悩んだ1人である。
キャッチボール中に手からボールが離れない。あれ?と思いグラブを外し右手からボールを取る。
気のせいかと思い、また投げる。またボールが右手にある。
まともにキャッチボールなんて出来やしない。
先輩やチームメイトから嘲笑される日々。毎日誰よりも遅くまで居残り練習した。
キャッチボール相手がいないからネット相手に。
野球選手がボールを投げれないというのはどういうことか分かりますか?
ノーコンとかそういうレベルの話ではありません。ボールが『投げれない』のです。
野球選手として『死んだ』も同然です。
現在ではイップスを研究し、日々悩みもがいている選手のサポートをしてくれている方がたくさんいます。
ですがその方達の中に、どれだけ自分自身がイップスに悩んだ人がいるだろうか。
イップスはそんなに単純ではありません。
残酷なことを言います。
イップスは治りません。
克服することはできるかもしれない。
でも私は出来なかった。克服して大活躍する選手なんてひと握りいるかいないか。
そんなイップスを治療家として、辛かった高校3年間を振り返り、私にできることは何か考えてみました。
1、イップス発症の背景
中学軟式から野球を始めた私は、カッコよさから投手を志望し、投球フォームなんて誰に教わるでもなくがむしゃらに投げていました。
当然超がつくノーコン。
7回までの中学軟式で1試合に二桁四球、試合時間3時間なんてこともありました。
登板すれば周りを疲れさせる私は、後輩に良い投手が入ってきたので外野に飛ばされます。
ノーコンだからしょうがないと割り切っていたので、この時はイップスという言葉すら知りません。
高校では強豪校に入ることで自分がどれだけレベルアップ出来るかというチャレンジ精神で甲子園出場経験のある私立高校に入学します。
強豪校には珍しいスポーツ推薦以外の『一般の生徒』も入部できる高校でした。
私の代は入部希望者が多く、なんと60人超。この時点で野球部全体の人数が100人を超えます。専用のグラウンドがありましたが、100人余りがキャッチボールをしようとすると当然隣との感覚がキツキツです。
ノーコンだった私はなかなか胸に投げれません。暴投して隣のキャッチボールしているチームメイトや先輩の近くをかすめることもしばしばありました。
入部して数日の練習から先輩や嫌味ったらしいチームメイトに、
『お前イップスやん(笑)』
と言われるようになりました。
イップス?何それ?
私が記憶にあるのは漫画『MAJOR,メジャー』の主人公、茂野吾郎がバッターの頭にデッドボールを当ててしまってから急に投げれなくなったあの症状です。
…ああ、俺もあれになったのか。
プライドが高く茶化されるのが嫌いだった私は、暴投する度にイップスと言われ、悔しくても暴投してまたイップスと言われる。
私自身に『イップス』というレッテルが貼られます。
監督、コーチ、先輩、同期、後輩みんなが私をイップスと言い、私自身もイップスなんだとある意味洗脳されていきます。
すっかり自信を無くしていき、キャッチボールの相手をしてくれるチームメイトも私のことを理解してくれる限られた友達だけになりました。
投手なのにストライクは入らない、キャッチボールで胸に投げれない、3塁線のバント処理で大暴投し客席にまで投げ込んでしまう。
もう辞めたい。逃げたい。
何度思ったか。
親の反対を押し切って自分のわがままで学費の高い私立に入学させてもらった手前、親に野球を辞めたいとどうしても言えなかった。
それにいつか報われてイップスが治って活躍する日が来る、と淡い期待があったから。
でもその日は来なかった。
イップスに始まり、イップスに苦しみ終わる地獄の3年間が私のイップスの経験です。
今では鼻かんだティッシュをゴミ箱に投げる時ですら手が震えることがあります。
さすがに笑い話にできるくらいになりましたが、当時は『死んだらイップスの悩みも無くなるかな…』と思っていた時期もあったし、親にも誰にも本心を相談できず隠れてよく泣いていました。
このnoteを書くために思い出すことすら、胸が苦しくなります。
30年ばかしの人生ですが、最も辛かった出来事のひとつです。
2、イップスは病気なのか?
私は専門家でもなんでもありませんし、細かいことは何も言えません。
最初に私は『イップスは治りません』と言いました。
これは補足が必要で、正しくは『適切な治療介入が必要』ということです。
最近ではイップスという言葉自体が軽く使われるようになり、しばしば精神論でも語られることも少なくありません。
もっと気合入れろ!
もっと腕を振れ!
怖がるな!負けるな!
そんなことは分かってんだよ。コンチクショウ。
私自身も当時イップスは気持ちの問題として片づけられ、誰よりも練習することで自信をつけようとしましたがダメだったのです。
だから、
『イップスは治る』
と、こんなことを軽々しく言う人はまず間違いなくイップスになったことがない人だと思っています。
イップスは一旦良くなっても再発します。症状が良くなっても発症しなくなるとは言い切れません。
だから『治る』ではなく『克服する』とか『向き合う』ものだと考えていて欲しい。
そもそもイップスは医学的な根拠が無く、イップスと症状が類似している『ジストニア』と同じような治療が選択されています。
ジストニアに対しては薬物療法や精神療法、TMS治療(磁気刺激療法)が有効とされています。
前述したように私は専門家ではありませんので、詳しい治療法などは紹介しません。
ですがひとつ言えることは、自分が『イップスかも?』と思ったり、周囲からイップスじゃないかと言われ始めたらできるだけ早く医師や専門家に相談してほしい。
全ての医師がイップスに詳しい訳ではなく『気持ちの問題じゃない?』と片付けられることもあるかもしれません。
だから出来るだけイップスに理解があり、専門家としてみてくれる所をなんとか見つけて欲しい。
無責任で心苦しいですが、イップスになって悩んだことがない人は正直親身になってくれません。
1人で苦しまず、誰かに相談してなんとか乗り越えて欲しい。
どこかにあなたのことを親身になって向き合ってくれる方がいます。
3、周りはどう付き合っていくか
イップスは千差万別で発症する環境や背景は人によって様々です。
私のイップス経験を例に、イップスの選手が身近にいる時にどういう風に付き合うか。
私自身がどう付き合って欲しかったかをお伝えしたいと思います。
・バカにしないでほしい
イップスはバカにされます。いわゆる『イジり』の対象になります。
笑われます。笑い話のネタにされます。
これが苦しい。本当に辛いのです。
悔しいけど同情された方がまだマシ。
バカにされた恥ずかしさが強烈に心にダメージを与えてきます。
何回も思います。『お前もなってみろ!』と。
難しいかもしれないけど『普通に』接してほしい。
キャッチボールで胸に来なくても、暴投されても、少しだけ我慢して普通に接してほしい。
私のキャッチボール相手になってくれていた友達は、『いいよいいよ』と普通でいてくれました。
その安心感が過剰な緊張や体の強張りをほぐしてくれたのです。
・『楽しく』出来る環境を作ってほしい
これは難しい問題かもしれませんが、強豪校の練習はえてして緊張感があります。
ミスをしてはいけない。ミスをするとチームメイトに連帯責任がかかる。
その緊張感は諸刃の剣です。
とてつもなく成長できる人もいれば押し潰される人もいる。
私は後者の方が多いと思います。
試合や本番はもっと緊張するぞ!という理由から緊張感を作るのは理解できます。
でも練習から緊張して最大限プレー出来ないのであれば、そもそも本番を迎えることが出来ません。
『緊張を楽しもう!』と有名選手がインタビューで言ってるのを鵜呑みにしてはダメですよ。緊張を楽しめる人なんてほんの一握りですから。
失敗を咎めるよりも、成功やうまくいったことを讃える環境であってほしいと思います。
私が身の程を知らず、強豪校に飛び込んだからかもしれません。でも3年間辞めずに続けてみたからこそ思ったことです。
『プロを目指すならそんな甘いこと言ってられない』
そうですかね?プロの選手ですらイップスになるんですよ?
選手達が最大限能力を発揮できる環境を指導者は考えてみてほしいと思います。
4、イップスは誰でも起こり得る
イップスは誰でも起こります。そしていつ起こるかも分からない。
本当に『突然』やってきます。
その多くは『緊張』が原因とも言われているので、環境でいかようにも変わります。
甲子園で大活躍した選手も、大学やプロの世界でイップスになり引退する選手も多いです。
もしチームメイトや友達にイップスの選手がいたら、バカにするのではなく、『明日は我が身』だと思って理解してあげてほしい。
私がイップスだった高校時代、誰よりもバカにして茶化してきたキャプテンは高校卒業して強豪の大学野球に進学しイップスになったようです。
連絡なんて全く取り合ってなかったのにある日急に電話してきて、
『実は俺もイップスになっちゃってさ。お前の気持ちがやっと分かったよ。あの時はバカにしてごめんな。』
この時少しだけスカッとした気分になりつつ、悩みを聞いてあげたのを覚えています。
高校時代スタメンで活躍してた奴でもイップスになるんだなあと。
だから理解しようとしなくても良い。
自分もイップスになるかもしれない、そう考えているだけで行動や言動、気遣いが大きく変わります。
そういう雰囲気はすごく安心できます。
最後になりますが、これだけはお伝えしたい。
もしこのnoteを見たあなたが選手なら『明日は我が身』と考えていてほしい。
もし指導者なら精神論で済ませるのではなく環境に目を向けて、向き合ってみてほしい。
もしイップスに悩んでいるなら治そうと1人で悩まないでほしい。誰かに相談することから始めてほしい。
もしイップスを対象に治療している方ならもっと発信してほしい。これ!といった治療法が確立されていないのだからそういった発信が増えれば励みになります。
もしイップスだった人は自身の経験談をもっと発信してほしい。YouTubeでもブログでもnoteでもなんでも良いです。『あの人もイップスだったんだ』というのは希望になります。1人じゃないんだ!と頑張れます。
私の経験談ばかりですいません。
イップスを克服していない私が『イップスを治す』なんて言えませんでした。
でもこの経験談は、イップスで悩む方には共感してもらえるんじゃないかなと思っています。
このnoteが誰かの明日への活力になると信じて。
応援しています。
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