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飛行機の本#19ヒコーキ人生(佐貫亦男)

本棚の端にいつもおいてある佐貫亦男先生の本が、私の出番はまだかと言っている気がするので、今回取り上げる。

佐貫先生は、ヒコーキ好き組合で知らぬ人はいない大御所。東京帝国大学工学部航空学科を卒業し、プロペラの設計者になった。ドイツのユンカース社に技術留学中、第二次世界大戦がはじまり2年間帰れなかった。戦後は、飛行機や宇宙工学の専門家としてたくさんのエッセイや研究書を執筆した。ドイツカメラやヨーロッパアルプスにも詳しく、ドイツの道具に関する著作でも有名だ。日本エッセイスト・クラブ賞を受賞している。

さて、そんな佐貫先生の小学生高学年向けの読み物が本書「ヒコーキ人生 大空に夢をかけて」だ。私が手にしたのは、小学校の教頭のとき。廃校になった学校の図書館を整理していた時に発見した。それまでも佐貫先生のドイツの道具シリーズやヒコーキの本のシリーズを楽しく読んでいたので、「おやまあ小学生向けのこんな本も書いていたのか」だった。すでに表紙はくすんでいるし、何よりもイラストがこんな感じだ。奥付をみると昭和46年。そうか、自分が小学生の時に図書館にこの本があれば読んでないはずがないのにそれよりも少し時代がたっている。

ヒコーキ愛に満ちた小学生向けの内容になっている。自分が子供の頃に飛行機にあこがれた話、飛行機がなぜ飛ぶのかという理論的な話、有名な飛行機の技術的な話など飽きさせない内容構成になっている。小学生向けではあるが、エッセイの名人らしくちょっとうんちくの入る読ませる語り口である。

いつものように皮肉っぽい語り口の佐貫先生ではあるが、「はじめに」の部分にある小学生へのメッセージが印象的である。「飛行機は二度の世界大戦に恐ろしい兵器として使われました。それは恐ろしいことでしたがこれは飛行機が悪いのではありません。戦争をひきおこした国の政治家や軍人が悪いのです。戦争がすんで、そのために死んだ多くの人たちのぎせいをむだにしないつもりならば、まず、もう戦争をしないこと、戦争で発達した技術を平和な目的に使うことです。わたしの考えはそこにあります。わたしは飛行機が好きですから、なんとかして、恐ろしいもの、悪いものと考えられている飛行機を、なぜそう考えられるようになったかをみなさんに説明してみたいと思って書きました。」

プロペラの専門家としての記述がおもしろい。第二次世界大戦がはじまった当時、飛行機の機体設計などは世界レベルに追いついていたのにプロペラの設計ができるものがいなかった。大学を出たばかりの佐貫さんが先駆けとなるのだけれど、まさにドイツのユンカース社に技術指南を受けに行っているような状態。世界の趨勢が可変ピッチプロペラになり、フェザリング(プロペラを空転にする技術)が常識になっていたのに、定回転プロペラしかなかった。そこで大慌てで、日本陸軍がフランスとドイツから、海軍もドイツとアメリカから別々に技術契約し、4種類のプロペラが導入されたというのだ。戦争中、飛行機の整備をする人が困ったと書いてあり、さもありなんと思った。

メッサーシュミットBf109にも使われたDB601エンジンについても同じような逸話がある。このエンジンは極めて優秀で、直噴エンジンが特徴である。エンジン気筒内に直接燃料を噴射するため、どのような姿勢をとっても息をつくことがない。よく比較されるロールスロイス・マリーンエンジンも優秀であるが、宙返りのような角度では咳き込むことがあったという記述がある。直噴システムはのちに三菱の自動車にも搭載された。このように優秀なエンジンを同盟国である日本は拝み倒してドイツから輸入する。しかも、陸軍と海軍と別々に契約するのだ。契約金は、当時の国家予算の半分くらいになったという。同じ日本の軍隊であるが、ことほど左様に陸軍と海軍は独立して存在していた。陸軍で契約したDB601はハ40という名前で川崎航空機の三式戦闘機飛燕に使われた。海軍で契約したDB601は熱田飛行機でライセンス契約し、彗星に使われた。いずれも優秀な飛行機になったが、肝心の直噴装置(ボッシュ製)の契約ができず、三菱でコピー生産をしたという。優秀な飛行機ができたのに残念ながら工作設備が日本では作れずエンジンの生産が滞った。また、実戦に配備されてても整備する技術も追いつかなかった。三式戦闘機飛燕は首なし機体の在庫がたまり空冷エンジンを載せて五式戦闘機になり、彗星も空冷エンジンに換装された。軍隊は巨大な官僚組織。このような不都合な真実も縦割り行政、予算獲得のためであった。なんともはやの顛末になるのだ。

さて佐貫先生は、戦争がはじまりドイツから帰れなくなる。ベルリン大空襲にもあって地下室に逃げて助かるという経験をもつ。戦争の道具としての飛行機の怖さを身をもって体験しているのだ。だから平和の道具としての飛行機への思いは熱い。本のはしばしに、人間の幸福のために飛行機を発展させていこうと訴えている文がある。ヒコーキ愛に満ちた大先生だった。

「ヒコーキ人生 大空に夢をかけて」 大日本ジュニア・ブックス
佐貫亦男
大日本図書株式会社 1971年




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