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「違う、そうじゃない」 (カタールW杯GS第2戦:日本代表 0-1 コスタリカ代表)

 数々のタイトルを獲得し、将棋界の第一人者として知られる羽生善治九段の「勝っても負けても、反省したらすぐ忘れる」という言葉があります。

 どんな大きな勝利であっても、それを忘れることで次に向けてフラットな状態で臨むことこそが重要だからです。

 羽生さんはある対談でも、こう述べていました。

「負けたことを一回一回深く受け止めてしまうと、ボクシングでパンチを受け続けるように、だんだん精神的に効いてきてくるんですね。ですから、僕は最近、勝っても負けても次の対局までに極力忘れるようにしています。完全に忘れてしまったほうが、自分としては一番いい状態で対局に臨めますから」

 大山康晴を抜いて歴代単独1位の公式戦通算1434勝を挙げた時の会見でもそうでした。「ここまで勝ち数を伸ばした要因は?」と言われてこう答えています。

「棋士になって30年以上たつ。終わったところからきれいさっぱり忘れることが、長く続けるには大切なことと思う」

 実際、羽生さんの切り替えの早さは将棋界では有名です。

例えばタイトル戦が終わった日の夜、関係者での打ち上げの席が設けられるわけですが、たとえ負けてタイトルを失った後でも、まるで何事もなかったように楽しそうに談笑しているというのです。僕が羽生さんの公式戦対局を間近で取材したことがあるのは1回だけですが(負けでした)、感想戦が終わった後も非常に淡々としていました。あの切り替えの早さは確かにすごいなと感じました。

 なぜこんな話をするのかというと、ビッグゲームで勝利したり、劇的なゲームをした後というのは、それだけメンタル的に切り替えるのが難しいからです。勝負事では負けた後より、勝った後の方が切り替えがより困難なのだと思います。

 これはサッカーもしかりで、一つの勝利で感情を爆発させ過ぎたチームは、その次の試合でうまくいかないということがよくあります。

 例えばトーナメントの準決勝で奇跡的な勝利をおさめて泣き崩れている選手が多くいたりすると、そのチームは決勝でなぜかうまくいかず、優勝できなかったりします。ビッグマッチで勝利したり劇的な試合をした後というのは、感情が爆発しやすく、その達成感で満たされてしまい、次も同じメンタリティーで臨むことが困難なのです。

 一例をあげると、かつての日本代表がそうでした。

昔の話ですが、1994年のアメリカワールドカップのアジア最終予選で、日本代表は長年のライバルである韓国代表に1-0で勝った瞬間、選手たちは感情を爆発させています。散々煮えぬ湯を飲まされた韓国代表を、W杯予選で初めて撃破したことで、選手たちはピッチで涙を流して喜びました。試合後のカズ(三浦知良)でさえ、涙ぐみながらテレビのインタビューに答えています。

 ライバルの韓国に勝って最終戦を前に日本が首位に立ったことで、選手たちだけではなく、報道陣もワールドカップ出場は決まったという雰囲気になっていました。試合後のそんなムードに、ラモス瑠偉だけが「なんで泣くの!?まだ何も決まってないよ!!」と激怒し、選手や報道陣にも怒っていたそうですが、周囲には理解されなかったとも聞きます。

 このことが最終戦の「ドーハの悲劇」に直結したかどうかはわかりませんが、イラク代表戦での日本代表は平常心で戦えてませんでした。ハーフタイムのロッカールームで「このまま勝てば、W杯にいける」と舞い上がり、指示を聞かない選手たちに、オフト監督が「シャラップ!!」と怒鳴ったのは有名な話です。

 逆もしかりで、次のフランスワールドカップのアジア予選では、終盤でグループ2位争いのライバルである日本との直接対決で引き分けたUAEは、まるでグループ2位突破が決まったかのように国立競技場で喜んでいました。その光景を見た日本の選手や関係者は、「まだチャンスはある」と逆に闘志を燃やしたそうです。実際に、その後のUAEは下位相手に勝ち点を取りこぼし、巻き返した日本が2位突破し、最終的にはそれが「ジョホールバルの歓喜」につながりました。

 ビッグゲームや劇的なゲームをした後というのは、それぐらいメンタル的なマネジメントも難しいということです。ただ強豪国ほどビッグマッチでの勝利の後の重要性を肌で知っていますから、「まだ何も決まっていない」としっかりと気を引き締めます。

 そして今回の森保ジャンパン。
優勝候補の一角であるドイツ代表に歴史的な勝利を飾って、中3日でコスタリカ代表戦に臨む日本代表はどうだったのか。

 ドイツ戦後のフラッシュインタビューを見る限り、選手たちの視線もすぐに次のコスタリカ戦を見据えているようでした。少なくとも、ドーハでの韓国代表戦の後や、「マイアミの奇跡」と言われたアトランタ五輪でブラジル代表に大金星をあげた後のように、心身ともに全てを出し尽くしたようには見えませんでした。

 日本代代表がW杯に出場するのは7回目。そしてW杯で勝つのも初めてでありませんし、そこは国としての経験を積んできているのだと思います。

 ただ「歴史的な番狂わせを演じた直後の試合をどう戦うのか」は、日本にとってW杯では初めての経験です。初めて直面する問いに、森保監督は向き合うことになったとも言えます。

 指揮官の選択は、ドイツ戦からスタメンを5人を入れ替えでした。
ドイツ戦で同点弾を記録した堂安律、そして出場機会のなかった山根視来、守田英正、相馬勇紀、上田綺世が名を連ねました。

 個人的には、この入れ替えによるスタメン編成は支持したいところです。

1週間近いインターバルがあるならまだしも、中3日での連戦。気力も体力も全てをかけて臨んだような歴史的な勝利による充実感から、気持ちを切り替える作業は簡単ではないだろうし、W杯の強豪国ではない日本代表にとって、そこは未知の領域です。

 だったら心身ともに消耗が激しい(であろう)スタメンを継続するのではなく、半分はターンオーバーのような形で、メンタル的にも「やってやろう!」という気概を持っていたであろう面々に期待をかける。

 一方で、変えなかったのはセンターライン。センターバックの吉田麻也と板倉滉、ボランチに遠藤航、トップ下の鎌田大地と、チームの背骨となる部分はほとんど変えていません。ここも悪くない選択だったように感じました。

 では、この組み合わせとマネジメントが、実際の試合でどう出たのか。それを試合内容と試合結果の両方から精査する必要があります。

 まず選手のメンタル的な部分は特に問題ないように見えました。もちろん、初出場の選手も複数人いたので緊張やプレッシャーはあったと思いますが、個人でそこまで動きの悪い選手がいたようには見えませんでした。

 問題は違う部分で顕在化されたように見ました。
選手の入れ替えありきで構成を組み合わせたことで、盤面上(ピッチ上)でちぐはぐさがあったように感じました。

■大敗したコスタリカ代表が立ち返った場所と、それに対する日本代表の方針

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