見出し画像

鬼木フロンターレとは何だったのか:Vol.12〜新人・守田英正の台頭と、突然訪れたエドゥアルド・ネットの退団による中盤のユニット解体。

 鬼木フロンターレの中盤といえば、トップ下・中村憲剛がおり、大島僚太とエドゥアルド・ネットがダブルボランチを組んだトライアングルを形成するのが鉄板でした。

 もともとは風間八宏前監督が2016年に確立したトライアングルですが、引き継いだ鬼木監督は、このユニットを解体せずに継続しています。そしてこの中盤の三角関係の機能性もそのままに、2017年はリーグ初制覇を成し遂げました。誰かの怪我による離脱などがなければ、2018年もこの三角関係は盤石だと思った人は多かったはずです。

 しかしこの2018年は、新人の守田英正が台頭して来ます。その結果、エドゥアルド・ネットは中断期に風間八宏監督のいた名古屋グランパスへ移籍しています。

 チームが変化しながら進んでいくことを感じる出来事でしたが、今回は守田英正に焦点を当てながら、当時のチーム状況を語っていきたいと思います。現在の日本代表で「日本の頭脳」と評されるまでになっているボランチのルーキー時代です。

 「この試合を優勝した時のターニングポイントにしよう」と鬼木監督が語って臨んだ柏レイソル戦で劇的な逆転勝利をおさめ、続く第15節の清水エスパルス戦でも勝利(3-0)。連勝で5月を終えると、この年はロシアワールドカップがあったため、6月はリーグ中断期間となりました。なお川崎フロンターレからは大島僚太が本大会の日本代表メンバーとして選出されています。

■新人「守田100%」の台頭

 中断前のチームを振り返ってみると、全てがうまくいったとは言えませんでした。去年の優勝チームの骨格を変えずに大久保嘉人の復帰などがあったにも関わらず、ACLで1勝もできずに敗退したりと、むしろ誤算の方が大きかった感じも受けます。

 その一方で、発見もありました。
それが守田英正の台頭です。この年に流通経済大学から入団した新人で、加入当初から期待値の高い選手だったのは確かです。ゼロックススーパーカップにも途中出場していますからね。

 ポジション的にも、サイドバックやボランチ、さらにはトップ下までいろんなポジションができるとの触れ込みだったので、「コンスタントにゲームに絡む存在になると面白いなぁ」ぐらいに思ってましたが、まさかいきなりレギュラーを掴み、秋には日本代表にまで上り詰めるとは予想しませんでした。キャンプのときに「守田100%です」という芸をしていた選手ですからね。

 川崎フロンターレの中盤というのは、Jリーグにおいて高い技術と感覚を問われるポジションと言っても過言ではありません。

 中盤の顔ぶれをみればわかりますが、大黒柱である中村憲剛を筆頭に、日本代表の大島僚太、昨年からの主軸を担う阿部浩之と家長昭博など、リーグトップクラスの実力者が揃っています。スタメンで出る選手たちはお互いの感覚を高い次元で共有し、独特のリズムでパスワークを奏でるので、このセッションに新加入選手が入っていくのは極めて難しいのです。守田は新人でそのセッションに加わっているんですから、たいしたものです。

■守田が持ち合わせていた頭脳的な駆け引き

 守田がチーム内で評価を高めた要因としては守備面もあります。
第14節の柏レイソル戦でスーパーな同点弾を決めたのは小林悠でしたが、その小林に配球をしたのは、鋭い出足でキム・ボギョンからボールを奪った守田英正でした。

 ファールになるかどうかギリギリのプレーでしたが、それがゴールにもつながったとても良いチャレンジで、相手が見ていないのを確認してからボールを奪いに行くプレーがとても巧みなんです。

 他にも後半(62分)大島僚太がドリブルで中央突破をしたシーンがあったのですが(シュートまでは持ち込めず)、あれにつながったのは守田英正の絶妙なボール奪取でした。柏のワントップである江坂任がボールコントロールする瞬間を見逃さずに背後から素早くボールを絡み取り、味方に繋げたのです。

小林悠のゴールシーンと違って、ボールを奪う時のハイライト映像がないので伝わりにくいのですが、非常にレベルの高い駆け引きで奪っていました。

 というのもこの場面、江坂任はボールを引き出す少し前に、守田英正が近くにいることをしっかりと確認しています。

 江坂からすれば、周囲の状況を確認するだけではなく、「お前が奪いに来てるのはちゃんと見えてますよ」と視線で相手(守田)にアピールすることで、「それでも来るなら、うまくトラップしてかわしますよ?」という駆け引きを目線だけでしているわけです。

 簡単にいうと、「自分が見ている」ということを視線で相手に伝えることで、そのアプローチを牽制できるわけです。見られていると、相手は迂闊にボールを奪いに行けなくなります。実際、この試合でも守田は何度か後手踏んだ状態で江坂に後ろからアプローチしてしまい、ファウルを取られています。

 しかしこの場面での守田が凄かったのは、その状況を逆に利用して奪いにいったことです。

 どういうことか。

同じように、ボールを引き出す時の江坂が周囲を確認して守田を牽制したとき、守田は一瞬、奪いに行くのをやめるんです。でも、それは守田の駆け引きで、「自分が奪いに行くのをやめたフリをした」ことを、あえて江坂に見せているんですね。

・・・・わかりますかね?
ボールを奪いに行きたい時は、相手に奪いに行っている姿をできるだけ見られないようにして奪いに行くものです。でも、相手が周囲をよく確認する江坂だからこそ、自分が奪いに行くのをやめたフリをするのをあえて見せてから奪いに行った、というわけです。

 この辺の局面駆け引きってものすごく面白いんですよね。この攻防はテレビのインタビュー取材で本人にも直接聞きましたが、とても興味深い話でもありました。

「相手の判断ミスでもあると思うのですが、そういうのを見逃さずに奪い切るのは強みだと思ってます。任さん(流通経済大学の先輩である江坂任)のプレースタイルはわかっていた。前半は嫌な位置で受けられて、ファールでしか止められなかったが、後半は仕事させないように、わりとインターセプトやファーストタッチで(ボールを)取りました」(守田英正)

 こうしたボールを奪う作業で持ち味を出しながら、この時はさらなる課題を口にしています。それは何かというと、奪ってからのの判断です。

 この局面で江坂からボールを奪った後、守田は後方にいる谷口彰悟にボールを下げているんですね。そこから谷口が縦につけたボールを守田が受けて、大島に展開しているのですが、あそこは下がるのではなく、前にボールを出すべきだったと反省点を口にしていました。

「奪ったあとには後ろに選択した。あれは前に付けられたなと反省しました。奪ったあとの一歩目のパスで、決定付けられたかな。そういう反省があります」(守田英正)

 守田は言葉を続けます。

「良い形で奪ったからこそ、相手は失点しないように慌てますよね。良いボールの奪い方をしたときというのは、相手も『やばい』と思うはず。そこで簡単に後ろにボールを下げてしまったら、相手も安心する。嫌なところにボールを出したり、自分で持っていったりは、もう少しできるんじゃないかなと思います」(守田英正)

 志の高いプレーだと思いますし、「フロンターレの中盤はこうであれ」と感じるコメントでした。そして攻守でハードワークできる守田が中盤の底に入ったことで、夏以降はさらにチームが安定していきます。

 解説者である戸田和幸さんが、守田がボランチに入ったことで「論理的なチームになった」というような表現をしていたと思いますが、隙のない戦いぶりができるようになっていきます。

■チームから心が離れたエドゥアルド・ネットの退団

 それと同時に、中断期にチームを去る選手がいたことにも触れなくていけません。

 ボランチのエドゥアルド・ネットです。守田の台頭もあり出場機会を失い、中断期に、風間八宏監督のいた名古屋グランパスへの電撃移籍しています。

 この年のネットを振り返ると、シーズン序盤は大島僚太とダブルボランチを組み、トップ下・中村憲剛とのトライアングルを形成し、中盤の防波堤になる役割は変わりませんでした。怪我などがなければ、この三角関係は盤石だと思っていた人は多かったと思います。

 例えば17年に入団した田中碧は「今までサッカーをやってきて、こいつには勝てないなと思ったのがネットだった」と後に話していたほどです。新人だった田中碧にとっては、このボランチコンビに自分が食い込んで行かないと出番は巡ってこないわけです。ただ、いかに衝撃だったかを明かしてくれました。

「攻撃で違いを出せるし、守備の防波堤になれる。繋げるし、アシストもできるし、点も取れる・・・・対峙していても、ああいう選手には敵わないなと。あれだけサイズあってボールを運べるし、相手も外す技術もある。ああいう選手には出会ったことはないですから。(技術を)盗もうとしても、彼にしかできないプレーが多かった。追いつけない存在というか、違う次元の選手。本当にすごい選手だなと思いました」

 そんなエドゥアルド・ネットでしたが、この年はACLとの過密日程が続くと、足の痛みを慢性的に抱えている影響もあってか、試合中のパフォーマンスの波が激しくなります。コンディションの問題なのか、試合中の集中力もどこか散漫で、それが悪い方向に出たのが第12節の浦和レッズ(0-2)戦でした。

(※奈良竜樹が急遽GKをつとめた試合として有名)

 前半から集中を切らす場面が多く、運動力も少なく、明らかに守備への切り替えが遅れていました。連戦の疲労による影響かもしれませんが、ポジショニングの修正も遅く、バイタルエリアの守備も大島僚太が一人で尻拭いをしている状態でした。

 前半40分には、自らが相手ゴール前に攻め上がった場面でボールロストすると、自陣に攻め込まれている状況にも関わらず、前線でそのまま座り込んでしまいました。相手はカウンターで攻め込んでいますから、もちろん大ピンチ。持ち場であるバイタルエリアを埋める役割を放棄すれば、誰かが必死にそこに戻って埋めて守らなくてはいけません。

 結局、キャプテンの小林悠が戻って対応したのですが、ファウルを取られて、危険な位置でのフリーキックを与えてしまいました。接触プレーで痛みがあってうずくまっていたのならば、戻りが遅くてもまだ理解できますが、単にボールロストしただけで、守備を放棄するのはあってはならないシーンでした。

 この場面で、仕事を放棄したネットに向かって食ってかかった選手がいます。

阿部浩之です。誰よりもハードワークし、危機察知能力を見せる阿部からすれば、看過できない場面だったのだと思います。かといってネットも引きません。そのため、この守備のFKの間、ネットと阿部は一触即発になっています。ピッチでは見たくない光景でした。

ハーフタイムには仲直りしたようでしたが、この試合で69分に途中交代したのを最後に、エドゥアルド・ネットがフロンターレの選手としてピッチに立つことはありませんでした。

 その後の麻生でのトレーニングを見ていても、残念ながら、チームから心が離れてしまっていたように感じる振る舞いもありました。当時のネットの本心がどうだったのかは、わかりません。自分が求められるところでプレーするのもプロとしての選択です。中断期に他クラブの移籍も仕方なしといったところです。

 一方で、このポジションで出場機会を掴み始めていた守田が、めきめきと成長を遂げていきます。ただこの出来事を「エドゥアルド・ネットが移籍したことで守田がレギュラーを掴んだ」という言い方は少し違っていると思っていて、どちらかと言えば、守田が定着し始めたことで、コンディションが悪く、出場機会を失い始めたネットが移籍したという表現のほうが正しいのかなとも思います。

 新人・守田英正の台頭。そして初優勝を支えた中盤のエドゥアルド・ネットの退団。鉄板だった中盤のユニットが解体され、チームも変化しながら前に進んでいくことを感じる2018年の中断期でした。


いいなと思ったら応援しよう!

いしかわごう
ご覧いただきありがとうございます。いただいたサポートは、継続的な取材活動や、自己投資の費用に使わせてもらいます。