鬼木フロンターレとは何だったのか:Vol.35〜作り上げていたのは記録よりも歴史。淡々と勝ち続けていく凄みにあったもの。
10月、ルヴァンカップこそ敗退したものの、リーグ戦での連勝が止まらないチームは、今季2度目となる10連勝をかけた一戦を迎えていました。
そもそも10連勝をするチャンスがシーズン中に2度も巡ってくるというのが異常です。ただ選手達はそれを特別なこととは捉えていませんでした。
これは9連勝を飾ったベガルタ仙台戦の試合後、中村憲剛が語ってくれた証言です。勝利後のロッカールームに漂う選手たちの雰囲気についてこんな風に述べていたのです。
「清水戦から始まった連勝で、『目指せ10連勝』とは誰も言っていない。みんなで言っていたのは、とにかく目の前の試合を勝つこと。目の前の相手をどんどん破る。それでここまで来た。3連勝、4連勝の時は誰も言わない。それにロッカールームの雰囲気を見ても、みんな勝ち慣れている。たくましくなったなと感じていますね。そういう意味では、自分たちがどれだけできるかにフォーカスするチームになっている」
■勝ち慣れてきたことを示す試合後のロッカールーム
もはや勝って当たり前。それも淡々に勝ち続ける空気ができている。長年、チームの中心として君臨していた中村憲剛が、長期離脱から戦列に復帰してそう感じたのだから、相当なものだったのでしょう。常勝チームに変貌を遂げていたことを裏付ける証言でした。
では、指揮官である鬼木監督はそんな試合後のロッカールームの雰囲気をどう感じているのか。
「一番は(勝って)浮かれないところですね」と言い、言葉を続けます。
「誰一人浮かれていない。それは大事だと思ってます。勝ち慣れていることもそうですし、前回は名古屋に負けたり、今回も東京に負けたりもありましたが、数少ない負けの中でも、次のゲームにという切り替えができている。勝っても、負けてもそんなに気にせず、次、次というのはできるようになってきていると思います」
やはり勝った後の「リセット力」、負けた後の「切り替え力」、その両方が選手たちに身についているということでしょう。ただ、こんな心配(?)もしていました。
「勝って喜ぶのは減っています。もちろん、喜んでいるんですよ。でも、こないだのゲームで言えば、『もっとできたよね』と。それは、今年の連戦がよりそうさせているのかもしれないです。ただ、ものすごく喜んでいる感じではない(苦笑)。逆に、盛り上がりすぎるのもどうかなと思うタイプですが、喜ばなすぎるのもね。せっかく頑張っているのに・・・そういう雰囲気です(笑)」
勝ちながら成長していく。そんな理想のチームがそこにはありました。
連勝は続き、名古屋グランパス戦で11連勝を達成。奇しくも、連勝を10でストップさせられた相手に3-0の完勝でした。自分たちの連勝記録を更新するリベンジを果たしました。
この重要な名古屋戦で、インサイドハーフには脇坂泰斗ではなく中村憲剛がスタメンに起用されました。この一戦で起用されるだけのものをトレーニングで見せていた、と鬼木監督は言います。
「こういうビッグゲームで彼の存在は大きいです。あとはシンプルに、練習で良いパフォーマンスを出していました。それがなければケンゴでもゲームには参加できない。そういうコンディションのところ、みんなと絡んでいる中でも、前日から良いパフォーマンスをしていました。そこは変わらず信頼しています。相手にとっては脅威だったと思っています」
振り返ってみると、今季の4-3-3を導入するにあたっては、夏に復帰してくるであろう中村憲剛のポジションや居場所はあるのか、という疑問は少なからずあったと思います。ただ、そんな答えは結果で示す。40歳を迎えるベテランは、試合を重ねるごとに違和感なくスムーズに機能し始めています。
巧みなポジショニングでパスワークを潤滑させる。バイタルエリアでの崩しで違いを作り出す。そして拮抗した展開になると、最終ライン付近にまで落ちてボールを引き出して、相手の出方を探るボール回しを開始する。手のひらでサッカーをくるくると転がすような余裕ぶりで試合を進める姿は、チームをもう一段階、違った次元に引き上げてる存在じゃないかなと感じさせられるほどです。
■スカウティングを逆手に取るということ
そして、彼なりの戦況眼で勝負の隙を見逃しませんでした。
まず1点目のCK。それまでのCKを蹴っていた中村憲剛がこの時はキッカーを田中碧が務めました。この「蹴らなかった」判断については、「目先を変える」という狙いがあったと言います。
「前日の(セットプレー)練習で、キッカーをアオと分担するところがあった。目先を変えるところでアオに蹴ってもらった。自分とは球種が違うので、そこは準備したことがハマった。あの1点は大きかった」(中村憲剛)
後半に生まれた追加点も、どちらもセットプレーによるもの。キッカーは中村憲剛でした。
「2点目はフリーキックですけど、直接狙うには少し遠かった。相手の最終ラインと味方が何人、どこに入っているか。ジェジエウに関していうと、速いボールがあまり得意ではない。柔らかいボールで彼のジャンプ力を生かす。折り返しも含めて何か起きるんじゃないかと思っていました」
ちなみにキックした位置は、前々節のベガルタ仙台戦で狙った位置とも似ています。外した瞬間、飛び跳ねて悔しがったフリーキックですね。そこは、相手GKとの駆け引きがあったと言います。
「ランゲラック選手の頭の中で、自分が仙台戦で打ったシュートのイメージがあったかもしれない。そういう重心のところが、こっちに向くイメージもあった。逆に、合わせることで飛び出しにくい。蹴る前からそういうシチュエーションになっていたかもしれない。中で待っている選手も直接あるかもしれないと思うと、最初に下がると思うんで。そういう意味で、いろんな駆け引きも含めて合わせようと思った。若干、狙うには遠かったのもありますが。前々節で見せていたのはあったかもしれないですね」(中村憲剛)
こういう中村憲剛のコメントを聞いていて思うことがあります。
まず現代サッカーでは対戦相手を綿密に分析したスカウティングをもとに対策や準備をしてきます。実際、試合を重ねるごとにデータも充実し、それに応じた対策が進んでいることはフロンターレが一番実感しているかもしれません。なにせ1巡目のような大量得点では勝てなくなりつつなってきていますから。
しかし、だったらそのスカウティング情報を逆手に取る策もありだということ。
この中村憲剛の判断がまさにそうで、「仙台戦のFKの情報」を相手が持っているのを前提に、それとは逆を狙って意表を突いてしまう。
スカウティングしてくるであろう情報を逆手に取る駆け引きをすれば、今度はこっちが有利になれます。1点目のCKを生んだジェジエウのドリブルもそうですよね。名古屋からは「持たせていい」という認識で統一されたわけで、その意表を突いたことでたやすくチャンスを作り出しました。
3点目のコーナーキックもしかりです。今度の中村は、味方も騙すアドリブによるショートコーナーで意表を突きました。
「3点目はショートコーナーでアドリブに近い形。目先を変える意味で、中の選手も分かっていなかったと思うが、モリタが左足で落としてくれて、GKが届きそうで届かない。でも、速いボールを入れて、何かが起きるようなボールを蹴った」
監督の目指す戦術がどれだけ浸透しているか。
そしてそれを選手が表現できるか。サッカーでは、それがピッチに現れます。ただ同時に相手がいるスポーツなので、相手の狙いを汲み取りながらも、その読みを外す事で上回るような駆け引きも必要になります。
そしてギリギリの試合になればなるほど、そうやってチームを勝ちに持っていく駆け引きが大きな意味をもたらします。この日のピッチには、そこの舵取りと微調整ができる中村憲剛がいました。
「勝ちにこだわって、それぞれがベクトルを合わせてここまできた。対戦相手も2巡目に入って対策を講じてくるので色々ありましたが、試合の中で修正しながら、微調整しながら、選手交代で出た選手が点を取る。みんなが目の前の試合を勝つことだけを考えてここまで来れた」(中村憲剛)
終わってみれば、3得点はいずれもセットプレーから。
試合後の鬼木監督はその勝ち方にも「試合巧者ぶり」の手応えを口にします。
「相手のウィークポイントや自分たちのストロングポイントを、戸田コーチを中心にスタッフがいろいろと練ってくれました。それを実行してくれたことが素晴らしいと思います。(セットプレーなので)多く言えることはないですが、こういう試合ではセットプレーは必ずチャンスにもピンチにもなる。そういう意味では、相手に対して変なセットプレーも与えずに頑張ってくれました。相手がしっかりとした守備に対して、セットプレーで点を取ることでダメージを与えることができました。だいぶ試合に対して、試合巧者が出せているのではないかと思います」
対策を講じてくる相手をどう上回っていくか。
意外と、この日の中村憲剛が見せた駆け引きや意外性にヒントは多く詰まっているような気もしますね。サッカーの面白さってそういうところにもありますから。
試合後のオンライン会見で「今日は、シンプルに勝ちたい気持ちが強かった」と谷口彰悟は口にしています。11連勝という記録がかかっていましたが、こだわっていたのは目先の名古屋グランパスに勝つこと。そこに全てを注いでいたと言います。
「名古屋には前回、アウェイで負けているので、ダブルは達成させたくない気持ちは強かったです。それにプラス、連勝も途切れたというのもあって、かける想いは強かった。勝ちたい気持ちは強かった。僕らは連戦の最後の試合だった。ここは疲れもあるだろうけど、歯を食いしばってやるしかないと思っていた。そういう試合をきっちりと勝てたのは自信になる」
公式戦5連戦だったので、疲れもピークに達していた選手も多かったのだと思います。でも、ここだけ頑張る。そうやって選手たちは奮起しました。
■数字や記録に興味ない。歴史を作っているのだから。
これだけ勝ち続けると、当然、鬼木監督の手腕にも注目が集まります。
ただ例えば「試合前にどんな言葉を選手にかけているのか」と聞かれても、「魔法の言葉はないです」と苦笑いします。そして「自分のありきたりな言葉でも、必要だと思った時はそういう口調でしっかりと思いを伝れれば、伝わるものがあれば伝わる」と振り返っています。ただ、シンプルでも、平凡でも、本気の言葉ならば、それは選手のハートに響きます。
この試合前は鬼木監督からもこんなアジテーション(煽動)があったと中村憲剛が明かします。
「『今日やらなかったらいつやるんだ、やらないやつはいないんじゃないか』とオニさんも話していたし、僕らもそのつもりだった」
そしてこうした言葉に奮い立った選手たちは、リーグ戦で唯一負けた相手に勝利。チームはリーグ新記録となる11連勝を達成しました。ほんのすこし前の過去に打ち立てた自分たちの記録を超えてしまった。そして勝ち点数はすでに62に達しました。長く語り継がれるほど歴史的な強さを誇るチームを目の当たりにしているのは、間違い無いでしょう。
数字自体に興味はないのでしょう。
この新記録について鬼木監督は多くを語りません。それよりも、もっと上手くなること、もっと強くなることにベクトルを向けてさせています。何よりそうやって「歴史を作る」ということを選手たちに強く意識させているのだと思います。
「自分たちの記録を超えたいという思いがありました。それは記録的なこともそうですが、記録がどうなのかわからないですが、勝つことが成長というところにつながると思っていました。10連勝に満足するのではなく、11連勝に向かっていった選手に感謝しています。またそういう歴史を作れるのであれば、今のメンバーで作らないといけない。また12連勝、13連勝というところに強い気持ちで臨みたいと思います」(鬼木監督)
どうすればこれだけ勝ち続けることのできる集団を作り上げることができるのか。
チームマネジメントを尋ねられた鬼木監督は、チームの中で選手間での競争、向上心があることを常に口にします。この試合前もそう答えています。
「競争がある中で、仲間としてやっている中での競争。お互いの良いところを認め合いながら伸ばしている。向上心と言ってますが、そこがなんだろうな。他の言葉があれば、すごいもっと良い言葉を使いたいくらいです(笑)。他とは違う向上心・・・・そこがうちにはあるし、そこがキーになっている。(前節までで)10連勝は2回目ですが、それでも変わらず浮かれていない。そういうものが、もっともっと、というものがあると思います」
きっとチームの中にある競争心と向上心を上手く刺激しているのでしょう。その言葉通りの思いを中村憲剛が口にします。
「自分も含めて、今日は新記録がかかった中でスタメンで出る。そこはモチベーションもすごく上がった。そこでチームの勝利に貢献できた。本当に自分ができなければ、次の試合はメンバー外になり得る。そういうチーム内での争いは、自分がここまで所属してきた中で一番レベルが高いと思っている。そういうところが要因だと思っている」
バンディエラが口にする「これまでで一番レベルが高いチーム内競争が繰り広げられている」という言葉ほど説得力があるものはありません。