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鳥庵

曇りガラスで中が見えないのか、それとも煙で視界が悪いのか、よく店内の様子はわからないが、立て付けの悪い引き戸を開けて中に入るとカウンターには若干空席があって入れそうだ。
どこに座ったもんかと思っていると、お好きなところへどうぞ、と。どこに座っても料金は変わらないから、と軽口も同時に飛んでくる。

「お客さん初めて?」と焼台の前の店主。
いきなりそう聞かれる店は、まあ当たり前だが常連中心のお店で、店主が客の顔をだいたい把握しているような店ということでしょう。要するに一見さんには敷居の高い店と言える。つまりはワタシの大好物だ。
「そうそう、初めて初めて」と嬉しそうに答えると、ちょっと勝手が違ったのか戸惑い気味に「飲み物は?ビール?」とバンダナの親父さん。
ビールのジョッキは冷凍庫から出したばかりのキンキン。多分真冬でも真夏でも変わらないのでしょう。

カウンターの隣で袖摺りあったお客さんが気さくに話しかけてきて、実は自分は徳島で仕事している息子と待ち合わせて飲む約束しているんですよ、と嬉しそうに話す。
息子さんと飲めるなんて、仲が良くて羨ましいですね、と。
ぼくは父親とはついぞ仲良く呑んだことなどないまま終わったしまったなぁ。そんなちょっとほろ苦い感傷を覚えつつ、息子さんを待つ間お話し相手として楽しくお酒をご一緒する。

年末、再びこのお店を訪れてみると、「・・・帰省?」と聞かれ、違うと答えると、「ああ、そういえば、こないだ来たよね、2度目だね」と勤務先まで覚えてくれてビックリ。

こういうところに惹かれて、きったなくてボロい店にも人は集まるんだろうなあ、と。

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