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オールの小部屋から② 直木賞の選考会

 みなさん台風7号は大丈夫でしょうか。
 昨夜、オール讀物9・10月号を校了しました!
 落ちついたところで、前回の続き、直木賞の話です。
 今回の直木賞の話題に入る前に、まず、よくあるご質問にお答えしておこうと思います。「芥川賞と直木賞の違い」です。
 最近、書店員さんから聞いた話なのですが、応援していた作家・作品が直木賞に決まって、書店の店頭で展開する。すると、常連のお客さんから、
「○○さん直木賞とれてよかったね。次は芥川賞だね」
 こう水を向けられることがあるんだそうです。
「両方とれると思っている人、けっこういるんだけど、とれないよね?」と確認されました。「そもそも2つの賞の違いって、じつはあまり知られてないんじゃない?」とも。
 というわけで、改めて、

 ◎芥川賞と直木賞の違いについて
 芥川賞は純文学系の文芸誌(「文學界」「新潮」「群像」「すばる」「文藝」など)に掲載された中編小説から候補が選ばれます(この縛りはかなり〝狭い〟ですよね)。いっぽう現在の直木賞は、すでに単行本として書店に並んでいる大衆文学作品(かなり曖昧)が対象となります(つまり直木賞は〝広い〟賞だと個人的には感じます。だから議論が難しい)。どちらかの賞を受けると、その賞はもちろん、いっぽうの候補にものぼらなくなります。つまり、芥川賞と直木賞は、いずれか1つを1回しか受賞できません。
 しかし、受賞するまでは双方の候補にのぼることがあります。最近でも、複数回、芥川賞の候補になったあと直木賞を受賞された角田光代さん、島本理生さんの例があります。山田詠美さんや車谷長吉さんも同様ですね。直木賞の候補をへて芥川賞を受賞された方は……すぐには思い浮かびません。古くは松本清張がそうでしたが。
 では、同じ回に両賞にノミネートされることがあるか? 昔はあったのです。第28回(昭和27年下半期)の芥川賞受賞作、松本清張「或る『小倉日記』伝」は、もともと直木賞候補作だったところ、委員の永井龍男の推挽「こういう作品は、なぜ芥川賞の方へ推薦しないのか。直木賞候補に推すのは、畑違いでひいきの引き倒しである」(選後評)によって、急遽、芥川賞の候補となり(この頃は選考会の日にちが違った)受賞に至ったのは有名な話です。記録を見ると、第25回(昭和26年上半期)の柴田錬三郎「デスマスク」も両賞の候補になっています。

柴田錬三郎の方は十分以上の時代を持っていることは「デスマスク」でも判るし、この作品は芥川賞にも候補になっているそうだが、怪奇的のものを強く注目すると、直木賞に入れて、賞の声価を恥かしめぬと主張したのである。(木々高太郎「選後評」より)

オール讀物昭和26年10月号

 と、選評ではさも自然なことのように「芥川賞にも候補になっている」と言及されているので、当時は違和感はなかったのかもしれません。もし両賞同時受賞となったら、どうなっていたのでしょうか。

記者会見場にて、このように貼りだして発表となります(©文藝春秋)

 さて、今回の直木賞です。
 7月19日、久しぶりに9名の全選考委員がリアルに集まり、完全対面での選考会となりました(コロナ禍中、オンライン参加の委員が何名かいらしたのです)。私自身、ここ何回かはリモート選考のお手伝いを担当してまして、会場となる新喜楽に入るのは3年半ぶり。緊張も高まります……。
 新喜楽。築地の料亭です。記録では、第22回芥川賞(昭和24年下半期)から選考会場として使われ始めたようです。最新回の写真を載せていいかどうかわからないので、すでに誌面やニュース等で出ている過去の写真をご紹介しますと、

第123回直木賞選考会(©文藝春秋)
委員のみなさんのお名前、わかりますか?

 このようにコの字型に机を並べ、ベテランの選考委員から奥に座ります。中央いちばん手前に写っている机が司会席。けっこう委員のみなさんと距離があると思いませんか? 現在はコロナ禍をへて、この写真よりもさらに広く、風通しのよい部屋に変更になっています。畳敷きは同じですが、テーブルを置いて、脚つきの椅子席になりました。
 新しい部屋は、広いぶん、開放感があり、また外に面しているので車の音、サイレンの音がよく入ります。かなり声を張らないと奥まで届かないのも緊張感を高めます。
 司会の台本みたいなものがあるのかな、と思ったらありませんでした。先輩に聞くと「それぞれのやり方でやってきた」そうで、指名の順番、決選投票の方法など、基本的なことを教わって、もう本番です。
 今回は、1回目の投票でも、2回目の決選投票でも、『極楽征夷大将軍』と『木挽町のあだ討ち』が同点で拮抗し、議論の結果、2作受賞となりました。無事に受賞作を出すことができて、本当にホッとしました。
 時々「出来レースでしょ?」などという声を聞くことがありますが、そういうことをおっしゃる方には、2度投票して2回とも同点だったときのピンと張り詰めた空気(私がそう感じただけです)を体験していただきたい! もう心臓が止まるかと思いましたよ!(個人の感想です)
 なお、芥川賞・直木賞の選考会は、いざ始まると、録音、録画、いっさいの記録を残しません。つまり、選考会の場で議論されたことは、委員が「選考経過」として会見で語る/贈呈式で語る/選評で書くほかは、外に出さないことになっています(「2度投票して同点」は、すでに「選考経過」として公表されているので書いています)。貴重な議論なのにもったいない気もしますが、私も迂闊なことを書くと怒られますので、これくらいで……。
 選考の内容だけでなく、熱気まで伝わってくる選評(12ページもあります)は、8月22日に発売されるオール讀物9・10月合併号に掲載されます。発売はまだ少し先ですが、ぜひオールを書店で手に取って、白熱した議論の気配を感じてください。選評以外にも、豪華な直木賞特集のページがたくさんあります。これらはまた発売の頃にご紹介できたらと思います。

(オールの小部屋から② 終わり)

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