見出し画像

ショートショート・「黒よりも黒い気がする」

 朝の陽射しが静かにカフェの窓から差し込み、木製のテーブルを優しく照らしていた。テーブルは古びたオーク材で、使い込まれた年月を物語るように、乾いた手触りを残している。表面には薄い傷やシミが点在し、あちこちに刻まれた小さな傷が、数多の客たちの記憶を密かに物語っている。

 私はそのテーブルの上にコーヒーカップを置き、ふと視線を落とした。そこには、直径1センチほどの黒い点があった。まるで焼け焦げたような黒いシミが、テーブルの木目に不自然に沈み込んでいる。それは、何年も誰にも気にされなかったかのように存在していた。指で触れてみるとツルツルで凹凸はない、が、その黒さが周囲の明るい木の色と対照的に目立っている。普通の黒よりも、より黒い印象がある。

 カフェは静かだった。店内にはほんの数人の客がいて、誰もがそれぞれの時間に没頭している。古いレコードから流れるジャズが、低く柔らかい音で耳に届き、外の騒がしい世界とは対照的にこの小さな空間を包み込んでいた。

 「お疲れ様ですー、ワタスが昨日お電話したから折り返しくれたんですかねー?あーもしもしー。」隣のテーブルに座るスーツ姿の若めの男が、忙しそうに電話で話している。カフェの落ち着いた雰囲気にその声が響き、静けさに微かな波紋を広げていた。

 私はスプーンを持ち上げ、目の前に置かれた黒蜜抹茶ムースを一口食べた。冷たく滑らかな感触が口の中で広がり、コーヒーの苦味と絶妙に調和する。この静かな空間で、甘味とコーヒーの組み合わせが驚くほど心地よい。

 「気持ちいいんですよ、あーそうなんだー、気持ちいいんですよ」隣の男は電話を続けている。その無造作なやり取りが、どこか現実感を引き戻してくる。

 テーブルに戻った私の視線は再びその黒い点に向かった。この点は、ただの焦げ跡に過ぎないのかもしれない。それにしても黒すぎる気がする。それとも、何か特別な意味があるのだろうか?私は答えを探そうとするが、結局見つからない。ただ、その黒すぎる点は、この場所にあり続け、誰かが気に留めることを待っているかのように感じた。

 時計の針はゆっくりと午前11時を指し示していた。時間は確実に進んでいるが、この場所だけが時の流れから切り離されたような気がした。外では人々が急ぎ足で通り過ぎ、車が走り抜けているが、ここではすべてが穏やかに静止している。

 「ありがとうございましたー」隣の男が電話を切り、店を出て行く。私はカップを手に取り、最後の一口をゆっくりと飲み干した。

 再び黒い点を見つめる。やはり常識的な黒色よりも、黒すぎる気がする、答えのない疑問が浮かんでは消えていく。

 私はただ静かに、テーブルの、黒すぎる点、を見つめていた。答えを求めることなく、それがただそこに存在していることを受け入れながら。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?