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僕だけがいないNakanishi

東京を離れて1年ほど経ったころ。
たまたま都内に行く用事があり、
久しぶりに昔の友人たちと会うことになった。

たまに東京に出て来ても声をかけそびれ、
ひとりで飲んで帰ることも多いが、
この日は勇気を出して誘ってみた。
ありがたいことに、5、6人が来てくれることになった。

集まるのは、中西という居酒屋。
この日会うメンバーと、昔、毎週のように飲んでいた店。
毎週どころか、毎日だったこともある。

中西のことをもう少し書くと、表参道にありながら、
生ビールが290円、ハイボールが250円と激安。
それでいて、料理もなかなかうまい。
お通しの、うどんを切ってマカロニサラダ風にしたものに
醤油をかけて食べるのが微妙に好きで、
今でも家のマカロニサラダに醤油をかけると
「あ、中西だ」って思う。

ナポリ焼きそばとか、激辛のわさび巻きとか個性的なメニューも多く、
数えきれないくらい通ったせいもあり、
そのメニューのひとつひとつに何かしらの思い出があったりする。
わさび巻きを口に入れて3秒おいてからむせていた友だちの姿が今でも浮かぶし、
みんながとりあえず生ビールで乾杯する中、
1杯目からホッピーを注文する女性がいて、
この人とは馬が合いそうだなと思ったこともあった。
実際、彼女とはそれからよく飲みに行った。

今は移転して綺麗になったが、昔は店の外にビールケースや金属のビール樽が積んであり、やや暗っぽく、店内もカオス。
中西に行けばだいたい知り合いがいたし、初対面だと思って挨拶した人に、
「前に中西で会いました。イシガミさん、ベロベロでした」と言われたことも何度かあった。

この中西を知ったのは、今から10年ほど前、
宣伝会議のコピーライター養成講座に通っていたころ。
講座のクラスメートや先生と授業の後は必ずここで飲んだ。
授業がなくても、そのメンバーで飲むときはいつもここだったし、
終電を逃してタクシーに乗り合わせて帰ることもしばしばあった。
講座の修了後も集まるのはだいたい中西で、
自分が東京を離れるときの送別会もここでやってもらった。
だから、さっき書いたような思い出はどれも講座の人たちとのことで、
きょう集まるのも当時の仲間だ。

そういえば一度、会社の後輩たちとここで飲んだときはなにか違和感があったし、
ひとり飲みに挑戦したこともあったけど落ち着かなくて15分で帰った。
自分の中では、コピーの人と来る店なのだと思う。

つい、中西の話が長くなってしまった。

さて、その中西に、みんなが集まった。
会うのは久しぶりで少し緊張したが、始まってしまえばいつもの通り。
お通しも同じ。
注文がタッチパネルになっていたのは驚いたけど、
自分はいつものようにホッピーを飲んだし、ナカのおかわりもした。
途中からハイボールに切り替えて気が済むまで飲むのも同じ。
思い切って誘ってよかった。
思い出話はいつも楽しいし、
自分はともかく、みんながそれぞれの分野で活躍している話を聞くのも楽しい。

あっという間に帰る時間になった。

店を出て、駅へ向かう道をみんなで並んで歩く。
この感じ。
懐かしいというより、当たり前の感覚。
好きだった日常。
これだよ。
自分の好きなものが、あらためてわかった気がした。

それと、同時に。
これから自分は今夜泊まるホテルに戻るけど、
みんなはあの頃と同じように自宅に帰る。

ああ、この人たちにとっては、今でもこれが日常なんだ。

もちろん昔みたいに毎週中西には行っていないだろうけど、
ふつうに家に帰って、明日もまたふつうに東京で暮らす。
当たり前だけど、自分にとって日常でなくなったものが、他の人には日常のままある。
あの世から、お盆にこちらに戻ってきたときは、こんな感覚なのかもしれないと思った。

その晩、ホテルに戻りたくなくて、ひとりでもう何軒か行ったのを覚えている。
いや、覚えていないけど、翌日iPhoneの写真を見返したら2、3軒行っていた。

それからまた数年が経った。
あの日から、中西には一度も行っていない。

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