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さよなら、わたしのお姫様(3)

2023年10月13日、愛猫を亡くした。
16年間、一緒に生きて生活した家族だった。

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白猫の生きた16年は、
家族各々の人生の大切なピースだった

病院からの帰り道は、呆然としていて現実感がなかった。
彼女がいつかいなくなることなんか、もちろんわかっていた。

でも実際のところ、私は、
いつか来るその時について覚悟をしているようでいて、
今すぐじゃない、まだ時間がある、何となくそう思っていたのだ。
覚悟なんか、本当はできていなかった。誰だってそうだ。

まずは夫に話をした。
「できることをしよう」と間髪おかずに言ってくれてホッとした。
夫の協力なしには彼女の介護を最後まで走り切れなかったと思っているし、夫が、迷いなく彼女への愛情を示して同じ方向を向いてくれたのは心強かった。現実的に、手間と時間とお金が多大にかかる話になる。私一人では絶対に支えきれなかった。

娘にも話をした。
私の娘は14歳、白猫は16歳。生まれた時からずっと、当たり前にそばにいてくれた姉だ。おかげさまで、娘は極度の猫派に仕上がっている。
それでも娘は言う。
「白猫ちゃんが世界一かわいい、ってか神、あれはもう神」。
残りの時間を、悔いのないように過ごしてほしいと伝えた。

2010年、2歳の猫と1歳の人間の姉妹。
白猫は、娘がいたずらをしても決して怒らなかった。


2023年8月26日

翌日は、再び点滴のため、動物病院へ。
先生に自宅輸液を続けたい旨を伝えた。

人によっては10日くらい通って練習する飼い主さんも居るそうだが、うちの白猫氏の場合、病院が大嫌いだから通院自体が多大なストレスになるだろう。今のように弱っているときならともかく、健康状態が改善していくと、病院では満足に処置させてくれなくなるかもしれない。

つまり、元気になってくれること自体は嬉しいことなのだけれど、元気がない今のうちにこそ、私が素早く皮下点滴の手技を身につけてしまう必要がある。病院で練習する回数は、なるべく少なく抑えなければならない。

「だから、本当は最初は僕がやるのを見てもらうんですけど、
 とにかく回数が惜しいので、初回から石田さんにやってもらいますね」。
というわけで、目の前で手順を指示してもらいながら、一連の流れをやってみた。これ自体は、右も左も分からないものの、こうですか?これくらいですか?と逐一確認できる環境なら、何ということはない。

帰りにマニュアルをもらった。手書きのイラストがたくさん入った手順書だ。このマニュアルがすっごくかわいいんだけど、ここに貼るのはやめておく。でも私は、これをもらったことがうれしくて、かわいくて、看護師さんたちの愛情を感じて、失くしてしまったら悲しいのでスキャンしてデータ化してまで今でも大切に持っている。

たくさんの動物と飼い主さんたちが、同じように頑張ってきたんだろうな。そしてこのマニュアルが、先生も看護師さんも居ない自宅での初トライ、心細い中、みんなを支え続けてきたのだ。

家に帰ってから、マニュアルを繰り返し読んだ。
私は、猫の背中の皮膚をつまんで針を入れる場所を探すのが下手だった。
お疲れの白猫氏に、さらに練習に付き合ってもらうのは申し訳ないので、
手ごろな場所に寝っ転がっている黒猫の背中をつまませてもらう。

でも、黒猫の背中はうっすらと脂肪の層があって、一発できれいにつまみ上げることができるし、どこに針を刺せばいいのか、すぐにわかる。黒猫でやっても練習にならない。

食べられなかった時期を何度か繰り返すうちに、白猫氏はじりじりと痩せて、いつの間にか骨と皮ばかりの背中になっていたのだ。切なかった。

2023年8月27日

翌日も、点滴の練習をするために動物病院へ。

黒猫と違って、ほとんど骨と皮しかない白猫氏の皮膚は、
つまんでも、うまく持ち上がらない。
ようやくきれいに持ち上げることができても、針を刺す角度がむずかしい。
自分が思っているよりもかなり針を立てた状態で刺さないと、
つまんだ皮膚の向こう側まで、針が突き抜けてしまうそうだ。
聞くだけでも痛そうな話で怖くなるけど、でも、ここで私が怖気づいたら、猫が余計に痛い思いをする。

点滴の練習に通っている間、
私はずっと、何でもないように明るくふるまおうとしていた。
怖くない、ビビるな、いつも気持ちを奮い立たせていた。
まだ猫のためにできることがある、ということが気持ちを支えていた。

ところで、私は猫の皮下点滴、かなり上手だったみたいだ。
「2回目ということを考えると、満点に近いですね」。
やったね。

2023年8月29日

ほぼ毎日、時々は一日おきに、点滴の練習に通う。

彼女は、病院に連れていかれるのがイヤなのだろう、あちこち寝床を変えるようになってしまった。家の中にある狭い隙間をクッションやネットでふさいで、入り込まれないようにした。
本当は、好きな場所で、堂々と寝ていてほしい。彼女が逃げて隠れる姿を見たくなかった。ごめんね。早く上手くならなくちゃ。

2023年8月30日

点滴の練習。それにしても毎日、暑い。
体重は2キロしかなくても、キャリーを持って動物病院と自宅を往復するのは重労働だ。右手でキャリーを持っていると、動物病院につく頃には右手が痺れて、しばらく細かい作業がしづらくなってしまう。
右手は点滴の針を持って穿刺しなきゃならないので、これはまずい。左手でキャリーを持つようにした。

繰り返しになるけど、私はどうもすごく上手だったらしい。
「もう完璧に見えます」と先生に言われたが、週末、夫が出張で家に居ないことが分かっていたから、週末の間、通わせてもらうようにお願いした。あまりにも心細すぎるし、そもそもひとりで保定しながら、同時に点滴針とパックを扱うことは、たぶん物理的にできない。

2023年9月1日

点滴の練習。
9月になったのに、まだ日中の温度は30度を超える。
病院通いがつらい。仕事の合間を縫って時間を捻出するのも一苦労だし、もともと体力がなく、夏がとても苦手だ。
でも、きっと彼女のほうがつらい。

2023年9月2日

点滴の練習。

これ以上は、猫の負担を考えると通えない。通院は今日を最後にして、自宅でトライすることを伝えた。とはいえ、彼女は難しい猫だ。この時点で、本当に自宅でできるかどうかはわからないと思っていた。

先生は「暴れてできなかったら、また相談しましょう」と言ってくださった。さすが、うちの猫のことをよくご存じだ。

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