ファッションとは○○である
思わせぶりなタイトルになってしまいましたが、勿体ぶっているわけではありません。「ファッションとは○○である」。
○○に何が入るかは、人によって違うと思うのです。
さて私にとって、
ファッションとは自己表現である。
2023年が始まったばかりのある日、突然「ファッションとは自己表現である!」という感覚が降ってきて、それがものすごく腑に落ちたのです。
ファッションが自己表現であるって、それ自体は別に目新しい話でもなんでもないですね。
ちなみに「ファッションは自己表現であるべき」と思っているわけではなく、そのように考えたら自分にとってのファッションが分かりやすくなったよという話です。
以前にも書きましたが、私は高校・大学と芸術系の学科に進み、絵を描き、文を書き、習い事としてピアノを弾いていました。
何ひとつ大成せず、どれも今は続いていないので過去のことを後生大事に抱えているのも気恥ずかしいのですが、自分を構成するのに大切な要素なので記しています。
そして続かなかったものの、表現することの切れ端を齧った者として、少しだけ分かることもあります。
それは、絵を描くにも言葉を紡ぐにも音を奏でるにも、必ず目指す世界が、辿り着きたい理想が自分の中にはあったということです。
たとえ届かないとしても、そこに少しでも近付きたいと思い描く青写真。
それってつまり、自問自答ファッションにおけるコンセプト…ってコト!?
はい。わたくし気付いてしまいました。
私は今まで「なりたい」より「ありたい」の方が強くて、「なりたい」の必要性がいまいち分からなかった。
でもファッション=自己表現だと考えたら、自分自身で自分の理想を体現するわけですから、私にはやっぱり「なりたい」が必要だな。と結論が出ました。
そしてインプットと地層の大切さ。
考えるだけで冷や汗が出そうになってしまいますが、作品には基本的に作り手の人間性が全部出ると思うのです。望むと望まざるとに関わらず。
(しかし、性格が、ちょっと、あれ~?? みたいな御方が楽器を持つと天使の如き調べを奏でる、みたいなことも少なからずありますよね。これについてはいまだに良く分かりません。人間性と魂の輝きみたいなものは別なのでしょうか? もしくはそれが才能というものなのか……。そして作品と作者を同一視すべきではない、ということも理解しているつもりです)
作品に作り手の人間そのものが現れるなら、ファッションにも同じことが言えるのでしょう。
まあ怖い。うかうかしていられません。
私はnoteを書き出した最初の頃、もし誰にも読んでもらえなかったとしても、共感されないとしても、それでもいいから自分の書きたいことを書いてみようと思って始めました。
その文章を公開したのは、もしかしたらどこかの誰かに届いて、何かが分かち合えるかもしれないという、微かな希望のようなものがあったからです。
期待し過ぎてはいけない、それを目的にしてしまうと文章が曇るのだけれど、書き続ける理由のひとつには充分なり得る希望。
昔から絵を描くときも文を書くときも向き合う相手は常に自分、でも同時にそれが外の世界と関わる手段でもありました。
おそらく私にとってはファッションも同じなんだと思います。
他者の存在があるというのは大事、だけど他人軸で考えようとするとなんだか上手くいかなくなるのも同じ……。
そしてコンセプトは?
この期に及んでコンセプト、まだ決まってません。えー。
前回の記事で書いたとおり、私のルーツはナルニアやゲド戦記などのファンタジー小説です。
大切にしたいのは心のトリップ感。自分の主軸はあくまで現実社会にあるけれど、心は自由に空想の世界にアクセスできる状態でいたい。現実主義のロマンチスト。そしてちいかわのうさぎ。
「現実主義のロマンチスト」、以前から私のモットーではあるのですが、これがコンセプトかと言うと疑問なのですよねー。ただの今の自分! な気がする。
・「SF(すこしふしぎな)世界の旅人」……?
・「空想の世界を旅する人」……?
「空想の世界を旅する○○」、良いと思うんですが、○○に何を入れるかに人生の覚悟を問われている気がするんですわ。
綺麗なものや面白いことを見たいという気持ちを込めて○○に「トレジャーハンター」を当てはめてみようと考えたんですが、なんだか自分にはアグレッシブ過ぎてしっくり来ず。
そしてトレジャーハンターの類義語を調べているうちにトレジャーハンター協会なるものが存在することが分かり、私は混乱と興奮の坩堝に飲み込まれました。なんとプロハンター試験があるようです。
ええ~どういうこと!?
日本にプロハンターがおるやないかーい。誰か闇のソナタを追ってくれよ。個人的にあのエピソードがいちばん気になってるんだよ。
……………。
……というわけで、「空想の世界を旅する人」が現時点でのコンセプトの叩き台です。もしくは「現実主義のロマンチスト」か?
今の私にはコンセプトに職業を掲げる覚悟がないのですね。かつてはあったはずの夢をひとつひとつ諦めてきてしまったので、今さら前向きな気持ちで職業を挙げることが、辛くてできないのです……。
そこそこ長く生きておきながら、自分には人生のテーマがないのでは?(ウッ) という事実に少々落ち込んだりもしたけれど、わたしはげんきです。
キヨ。さんと、バーチャルおばあちゃんのゲーム実況に癒される日々
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