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武蔵野(『伊勢物語』第12段)

昔、男がいた。人の娘を盗んで、武蔵野に連れて行くうちに (男は)盗人だったので、国守(今でいえば県知事)に捕らえられてしまった。

(その時、男は)女を草むらの中に置いて、逃げてしまった。やってくる人が「野には盗人がいるという」と言って火を付けようとする。女はわびしく思って

  武蔵野はけふはな焼きそ 若草のつまもこもれり我もこもれり
 (武蔵野は今日は焼かないで!若い夫も隠れています私も隠れています) 

と詠んだのを聞いて、女をつかまえて、一緒に連れて行ってしまった。
      

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武蔵野のイメージは、国木田独歩の「武蔵野」、東京の古い私学にある林。地理の教科書で見た屋敷森。伊勢物語にある草原のイメージがあまりない。

平安時代にはまだ富士山の噴火の影響があったのだろうか。それとも屋敷森のあるようなところは元々草原だったのか。

武蔵野で有名だったのは紫草。花は白く、根から紫色の染料を採る。

古今集に「紫のひともとゆゑに武蔵野の草はみながらあはれとぞ見る」     という歌がある。

また、古今集では、この段の歌の初句は「武蔵野は」ではなく、

  春日野はけふはな焼きそ……

となっている。古今集の「春日野は」の歌を紹介するときは、奈良の春日野から見た若草山の山焼き(寺の境界線争いによってはじまったと説明されるが)の壮大な写真がよく添えられる。

昔は野に生える草を薬草に、染料にと利用していた。そして、雑木を排除し、よい草が生えるように、野焼きをした。(上の写真はphotoAC「野焼き」)

母は手入れのされていない藪や竹林をみると、「昔は村の人が下草を刈ったり、野焼きしたり、蔓草を取ったりして手入れをしたのに、あんなに蔓草に巻きつかれて、かわいそうに」と言った。

幼いときは母と一緒に野や林を見ても、それが手入れがされているのかいないのか、さっぱりわからなかったが、今はなんとなくわかる。

でも、今はそういった荒れた自然さえも減って、コンクリートとアスファルトの塊になりつつある。

アニメ映画の「平成狸ぽんぽこ」「耳をすませば」とは、どちらも武蔵野を舞台として、前者は破壊されていく自然を、後者は都市化したそこを故郷にしていく人々を描いたと、プロデュースした方がインタヴューに答えていたのがとても印象的だった。

そのアニメで見た武蔵野は実際の写真から描き起こしたことが紹介されていたが、地図から想像していたよりも起伏があるのに驚いた。同じ高さの丘、急な崖、丘の間に広がる低地。

大阪育ちとしては、なんで向かいに海がないの?と思ってしまった。

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