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【ショートショート】ウルトラサイズの恋

 涼平は文通相手に「会いたい」という内容の手紙を送ることは禁じ手だし、マナー違反だと思っていた。だが、彼女の美しい文字を目にする度に思いは再現なく膨らむ。
「私、涼平さんは素敵だと思います」と書かれていたりもした。涼平は大変興奮した。
 もちろん「会いたい」と手紙に書くまで躊躇いはあった。文通相手である弥生の中で亮平は随分と聖人君子の好青年に仕上がっているに違いない。やれ老人の荷物を持って助けただの、車に轢かれそうになった子犬を体を張って救っただの、ありもしないありふれた話を書き連ねるのが定番となっていた。気づけば亮平の虚像は巨人の如く膨れ上がっていた。それと同時に彼の恋心も巨人の心臓のごとく大きく高鳴っていた。
 己の理性が負けて「お会いしたい」と送ったのが半年前。弥生は最初こそ当たり障りのない答え方ではぐらかしていたが、しつこい涼平についに「私は涼平さんにお会いできるような女ではありません」とはっきりと断るようになった。彼女が遂に折れた。
 しかし、涼平は諦めなかった。彼には一か八かの秘策があった。それは彼らが文通をするきっかけまで遡る。それは海で見つけたガラス瓶だった。中には住所と名前が書かれた紙が入っていた。諸星弥生という名前を涼平は色っぽいと感じた。実際、流れるような達筆は艶っぽさもあった。そんな、奇跡の出会いと不純な思いが文通のきっかけである。
 涼平は自分が悪者になるかもしれない、これ以降、弥生から返事が無いかもしれないと云う覚悟を胸に手紙を書いた。
『もし貴女が誰にも会いたくないのなら何故あの瓶を流したのですか。僕は運命だと思いました。もし、怒らせてしまったのなら返事は結構です。僕は貴女がどんな人でも受け止める覚悟があります。それでも会えないのなら、あの日の瓶をまた海へ流します。貴女への思いと一緒に。』

 下心が無いといえば嘘になる。弥生に友人以上の関係を求めている事には、とうに気付いている。悶々とする日々を過ごし3ヶ月と6日、ついに弥生から返事がきた。1年は待つかくごだった。涼平は鼻息荒く手紙の文字を1字も逃さぬよう追う。
 『お会いしましょう。亮平さんにお会いしたくないと言えば嘘になります。私も涼平さんがわたしを見て幻滅しても貴方に非はありません。私も覚悟を決めました。』という文面に待ち合わせ場所の住所が添えられていた。『追伸 必ず、お一人でいらしてください』いつもの艶っぽい字に僅かな力強さを感じた。


 待ち合わせ場所は涼平の町外れにある廃校の校庭だろうか。『学生の自分に配慮しての計らいだ』『きっと大人の女性に違いない』『姉さん女房かぁ』と涼平の妄想はもう止まらない。
 涼平が鼻の下を伸ばしていると突然、強い光が校庭を包み、まるで昼間のように明るくなったと思うと立っていられないほど辺りが揺れ、涼平は尻もちをついた。
 揺れは収まったが涼平はパニックだった。 
「涼平さん……?涼平さんなの」涼平の耳にイメージ通りの透き通った、でもどこか色っぽい声。
「涼平さん?どこなの涼平さん?」
「ここです!弥生さん、僕はこ……」
 涼平が最期に見たのは校舎をより遥かに巨大な銀色の巨体から伸びる巨大な足だった。

 涼平はフワフワとなんとも言い難い捻れたような空間に浮かんでいた。
「涼平さん。申し訳ありません。貴方は私と一つになることで、きっと生き返らせます。でも、そうすることで貴方にはとてつもない重荷を背負わせるでしょう。それでも、私は貴方を生き返らせたいんです。私の大好きな地球人、涼平さん」弥生の優しい声が涼平を包む。
「や、弥生さんと一つに、へへ……」涼平はだらしなく笑い。
 そして光に包まれた。

 涼平が愛のために地球を救うのはまた別のお話。
 これは、下心満載の男が紡いだ巨大な恋のお話。

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