見出し画像

夜明け

子どもの朝ごはんは、ご飯があればご飯と納豆、ご飯がなければフルーツグラノーラとバナナになる。実家の母が見たら「えーっ!少ない!」と言いそうだ。わたしが食べてた朝ごはんは、ご飯に納豆にサラダに味噌汁に目玉焼きに…母は食卓をご飯でいっぱいにする人だった。今も、帰省するとテーブルいっぱいに食べ物が並び、双子はわあああと言って喜んで食べる。

あの朝ごはんを想像しながら、それでも子どもに出すのはお椀ひとつの納豆ご飯。だっていつだって納豆ご飯は喜んで食べるし、海苔がのってたらそれだけで大喜びしてくれるし。わたしの記憶にあるいっぱいの朝食は高校生の頃だから、わたしが幼い頃は母もわたしに納豆ご飯だけを出していたのかもしれない。

自分の朝ごはんは、双子を保育園に送ったあとに食べる。

保育園を出て海沿いを歩いてマンションに帰り、扇風機の前でTシャツをまくりあげると、背中の汗がいっきに冷えていく。パソコンをひらいて、しなくちゃいけないことを書きつける。洗濯、皿洗い、猫トイレの掃除、水道料金の支払い、原稿…その中のいくつかの仕事に手をつけて、お腹が空いたら朝ごはんを作る。たぶん10時くらい。

昨日の朝ごはん。小松菜をいため、まいたけをかりかりに焼く。皿にうつして、岩塩と胡椒とレモンをぱーっとかける。調子がよいので炒り卵もつくる。日によっては冷凍の魚を塩焼きにしたりして。これにもレモン。この一年でポッカレモンの減りが早くなった。豆乳つゆのそうめんにも、中華だしで作るうどんにも、なんにでもレモンをかけちゃう。

お皿を持ってデスクにつき、窓の外の海をぼんやり見ながら朝ごはんを食べる。カリカリのまいたけのレモンがけは本当にうまい。きのこを焦がすだけでこんなに美味しいのか、と毎朝感動できる。
焦がす、といえばまだ両親が結婚していて3人で唯一朝ごはんを食べていた日曜日の出来事を思い出す。母の出した焼き魚の焦げを見て父が「魚の焦げって発がん性があるらしいね」と言って母がかんかんに怒ったのだ。父は普段からあまり喋らない人で、なのにぽっと喋った一言で母を怒らせることがあった。父はそういう、余計な一言を言う自分を知っていたのか知らずか、とにかくマンガみたいに母を怒らせる技術があったので、母の前であまり喋らないのはわたしにとっても都合がよかった。
父は確かに事実を言っただけなのだけど、母が怒ったのも理解できる。父はガン家系で、父の両親もその父方の祖父母も4人全員、40代か50代でがんで死んでいて、母は父の「がん」発言に敏感だったのだ。自分の出した魚の焦げとがんをわざわざタイミング悪く結びつける発言は、許せなかったんだろう。
ちなみに魚のこげに発がん性物質が含まれているのは本当だけど、お茶碗いっぱいの焦げを何年も食べ続けたらがんになりうる、くらいの話なので、一般人が心配することじゃないらしい。

そういう思い出で頭をいっぱいにしていたら、いつの間にかまいたけも小松菜も卵も食べおえてしまった。

今朝は5時にあおさの鳴き声で目覚めた。昨晩から廊下にいたらしい。リビングのドアも閉められ、寝室にも入れずで誰かのことを呼んだみたい。寝室のドアを開けると喜んで飛びかかってきた。双子を置いてそーっと寝室を出る。2方向に窓があり、カーテンのないリビングは、暗い。夏って、5時には夜が明けてるだろうと思ってたけど。調べたら日の出は5:49。まだ1時間近くある。リビングでは夫がいびきをかいて寝ている。

真っ暗だけど、お腹が空いた。お茶碗にご飯を入れて、卵を割り入れて、慎重にしょうゆをちょろり。ほとんど見えない中で食べる卵かけご飯。夢中で食べていたら、スプーンですくってくちに運んでもなんにもなくて、卵としょうゆの香りだけが鼻に抜けた。あっという間に食べ終わったのだと、そこで気づいた。

食後に鉄とビタミンBとピルを飲む。なんだか、割と金のかかる身体だなぁ、とカプセルをのどに流しながら思う。思えば、さまざまな理由で人より多く入院している。数えてみると、生まれて31年ですでに6回も入院している。原因は外傷がダントツに多く、それに伴って手術経験も多い。高校生の頃に始まった冬季うつで精神科に通い始め、会社員の頃も何度かメンタルクリニックの世話になった。今は病院とは縁遠くなったけど、サプリやピルを飲んでいる。この身体、というかこの生命を保つのに、わたしが想像する”普通の人”よりも多くのお金がかかっている。

金食い虫!

とあさっての方向から笑われた気がして、うるせっ と頭の中で返事をする。否定はしない。金を食って生きている。けれど、自分をバカにするのも自分なら、受け入れるのも自分だもの、とため息をつく。

海がひかり、空が赤く、やがて白くなった。双子2号が起きてきて、ママ探してたの、と言ってまた寝床に戻った。普段はわたしのことを”かあちゃん”と呼ぶけれど、ときたま”ママ”という娘たち。

もう少し寝ててね、と思いながら、またパソコンに向かう。今朝は、納豆ご飯に海苔つけて、だそう。

サポートは3匹の猫の爪とぎか本の購入費用にします。