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目を閉じて誰かに出会うこと、その手をにぎること。

なにか、の中にいるのだった。

ここはどこなのか。いや、それよりも、この身体の周りにあるものは一体何なのか。焦りはないけれど、緊張はしている。この状況は、異常だ。

浮遊感はある、が、明らかに空気でない何かに支えられている身体。ちょうど今は両肘が身体の外側に向き、手は身体の前にあって、足は、足は、これ足はどうなってんだろ。折りたたまれてる。たぶん。

肩から先を動かそうとすると、抵抗が大きかった。どこなら動かせるのだろう。試しに指先に力を込めた。

ずぬぬぬぬ。

左右の手指が何かを割り進んでいくのがわかる。爪と指の間にゲル状の何かが挟まっていく。目を開けてみた。まつげが何かに引っかかるけれど、痛くはない。しかし何も、見えなかった。

目を閉じる。身体が直接何かに触れているのがわかる。ああ、服を着ていないのだ、とわかる。
折りたたまれた右足を、 前方に振り出してみた。ひざが何かの中を進む。つまさきを身体の一番前に出す。何にも当たらないけれど、どこまでが自分の身体なのか、少し掴めてきた。

そのまま泳ぐように、目を閉じたまま両手を前に出して、何かをかき分けて進んだ。進んでいるのか分からないけれど、右、左と腕をかくごとに、自分の周りの何かが柔らかく流れ始めたように思う。進めば進むほど、進むのが楽になる。前はこっちで、後ろはあっちだ。
少しだけまぶたの外側が明るく光って、目をぎゅっとつむった。怖い、怖い、怖い。それでも何かに出会いたい。出会うと信じている。

そのとき、右手の中指が何かではない何かに触れた。それは硬く、しかし弾力のある細い何か。それは、何者かの手だろうとわかった。わたしの右手の中指に触れた手の持ち主は、こちらを探るように手の平を回し、そうして目を閉じていても自然に、あっちとこっちの手は繋がれた。我々を取り囲む何かの粒は限りなく二人の間から消え、わたしの右の手と、あちらの左の手がしっかりと握り合っている。

ほほの筋肉をゆるめて、目を開けた。
そこは畳の上だった。我々の他にも手を握り合う者たちがいた。

これでよかったのだろうか、と頭で考えながら、これでよかったのだと身体が歓喜している。皮膚をおおうように存在していた何か、はない。爪と指の間にまで迫ってきたあれは何だったのか。

真っ昼間、目を閉じた明るい暗闇の中で、誰かに出会ったことがあるだろうか。

わたしはある。誰とも出会えないのではないかと思いながら、それでも手繰り寄せられるように、腕をひかれるように出会った指に、ひっしと自分の指を絡めてしまった。その恥ずかしさで、畳の上で我々は、口角を震わせ、両膝をピンと伸ばして、困ったように、心底安堵したように、笑うのだった。この手をいつ離せばいいのか分からないまま。汗ばんでいるのは、誰の手なのか。

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「身体を使って書くクリエイティブ・ライティング講座」で、目をつむったまま歩き、誰かと出会うワークを体験したときのことをお話にしました。


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