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近距離恋愛(双子版)

三歳四ヶ月の双子が、揃って赤ちゃん返りをしている。

具体的には、「お着替えできない」「お姉さんパンツはかない、オムツはく」など、できていたことをできないと言う状態。更に、赤ちゃんのような態度をとる。わたしのお腹やおっぱいを触り、にやにやする。階段で二人同時に抱っこを求められ「階段で二人とも抱っこするとこけちゃうよ。階段終わってからね」と言うと、二人揃ってマンションの階段で大声で喚いた。

赤ちゃん返りが始まって一ヶ月ほど、わたしは二人の態度を受け入れることができなかった。「赤ちゃんじゃなくてお姉さんよねー」「ほらできた!お姉さんだから本当はできるんだよ!」と、何かにつけて「お姉さん」と言った。以前はそう呼ばれて誇らしげだった双子が「赤ちゃんなの!」と返す様子に、わたしはどうすべきかわからなかった。

それは子育てにおける知識がないから、というよりも。わたし自身が、赤ちゃんのように振る舞う双子にすっかり引いていたことが原因だろう。自分の気持ちに気付いたとき、わたしは母親失格だ、と真っ青になった。

赤ちゃんのようになって「できない!」と喚く二人を「わたしの子育てが失敗した」と感じた。そして、3歳「なのに」赤ちゃんのような声で喋る娘たちに引いてしまった。その事実が、とてもとても重かった。すやすや眠る双子の顔を見て、わたしのような母でごめんと、申し訳なくて泣いた。

ずっと頼りたくなくて避けてきたが、「赤ちゃん返り」でgoogle検索をしてみた。想定通り、「可能な限り要求を受け入れるべし」「自立の証拠」「ここで受け入れられることで心が育つ」と述べられていて、やっぱりそうですよねーと目を閉じる。

google先生の仰せの通り、以降は双子の要求に応えた。お腹すいたと泣く双子に夕飯を作る最中、玉ねぎをみじん切りする途中であっても、求められれば抱っこをした。ちょびっと逆むけになった指を出して「いたいの」と言う夜には、大袈裟だけど絆創膏を貼って撫でた。とにかく、求められることに純粋に応えることにした。
そうしてみると、段々とわたしも子どもの求めるものが何か分かってきた。抱っこしてほしい、くすぐって撫でて可愛がってほしい、膝に座りたい、あーんとご飯を食べさせてほしい。要求される少し前に、気持ちが伝わってくる回数が増えた。わたしの中にきちんと、子どもの気持ちに対する受容体ができてきたようだ。

日によっては無理をしてその感覚を研ぎ澄ましている場合もあって、ちょっとしたことで爆発したことが何度もある。「わたしはこんなに要求に応えているのに!」と。

子どもを預け、ひとりの休日を過ごした今日。わたしの心はたっぷりと暖かいお湯で満たされていた。夕飯の支度中にも要求に応えていると、キッチンで子どもが急に話し始めた。
「ようちゃんはね、お姉さんより赤ちゃんがいいの。赤ちゃんは抱っこしてもらえるから赤ちゃんがいいの。」
おもちゃの聴診器を首から下げて、指先でいじりながら、子どもはそう言った。

生まれて三年でこんなに自分の気持ちを言葉にできるものか。わたしはただ驚いた。
そして膝を折り、目線を合わせて答えた。
「お姉さんでも赤ちゃんでも、かあちゃんは抱っこしてあげるから、好きな方でいいんだよ」

一拍おいて、ふうん、と言う子を抱きしめた。この子を愛しく思った。

抱きしめた手を離した直後。「パンツだけどおしっこ出ちゃった」と娘がにやにやするので、笑ってしまった。

こんな穏やかな強い気持ちがいつまで続くか、自分でも分からない。ただ、子どもたちが自分の気持ちを言葉にできるよう、まずはわたしが自分の気持ちを言葉にしていくつもりだ。
「かあちゃんは、とってもうれしいよ!」
「かあちゃんは今ちょっとご機嫌が悪いよ」
「今ね、少し怒っているよ。もうすぐ角が生えて鬼になるよ」

そんなことを言って、正解のない双子との近距離恋愛を、噛み締めている。

#エッセイ #子育て #双子

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